三重県

赤木城への行き方や歴史解説【続日本100名城】天正の北山一揆・慶長の北山一揆

赤木城

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赤木城とは

赤木城(あかぎじょう)は三重県熊野市紀和町赤木にある平山城で国指定史跡、続日本100名城になっている。
標高230m、比高は30mほどだがとても山深い熊野の中にあるため、そんなところによく石垣の城を作ったと言う印象だ。
最初の築城としては藤堂高虎とされる。


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戦国時代の1585年、豊臣秀吉の紀州攻めのあとに紀伊国を平定した弟・羽柴秀長が検地を行った。
このとき、天正14年(1586年)8月に天正の北山一揆が発生した。
天正の北山一揆(きたやまいっき)は戦国時代と江戸時代と2回発生したが、まずは戦国時代の天正の北山一揆をご紹介する。

天正の北山一揆

天正の北山一揆(きたやまいっき)は戦国時代と江戸時代と2回発生したが、今回は紀伊・赤木城関連と言う事で最初の天正の北山一揆としてご紹介する。
1584年3月、小牧・長久手の戦いのあと豊臣秀吉は天正13(1585)年から本格的に紀伊に侵攻。
大坂城から羽柴秀次が出陣し岸和田城に入城し、あとから豊臣秀吉の本隊も加わった。
そして、千石堀城、沢城、積善寺城、畠中城など根来寺勢力を駆逐。

赤木城からの風景

根来衆だけでなく粉河衆・雑賀衆などを攻撃し、雑賀衆の残党は紀伊・太田城に籠城するも水攻めにより落城している。
高野山も豊臣家に臣従し、藤堂高虎が普請奉行として和歌山城を築城。(藤堂高虎最初の築城とされる)
紀伊国は羽柴秀長に与えられた。
そして、羽柴秀長(豊臣秀長)はさっそく太閤検地を行った訳だが、1586年8月、奥熊野の山本氏ら熊野牢人衆が一揆をおこした。
一揆と言うと農民が蜂起すると言うイメージだが、困窮した在地の武士(地侍)らが反乱を起こしたと言って良いだろう。

赤木城

羽柴秀長や藤堂高虎・吉川平介も出陣して対応したが、豪雪のためなかなか進まなかったと言う。
しかし、早期に鎮圧され、その後は徹底して討伐し天正17年(1589年)には完全鎮圧となった。
この際に藤堂高虎は北山一揆の鎮圧の拠点として赤木城を築いたのだ。

赤木城

なお、豊臣勢としては吉川平介・三蔵兄弟・堀内氏善らが辛怒田城を築くなど付近を強固に守備したようだ。
また藤堂高虎によって、多数の農民が田平子峠にて斬首されたと言う。

田平子峠

なんでも、一揆勢の降伏を受け入れて赤木城の落成祝いに来るよう促すと、登城した363人の一揆勢を討ち取ったとある。
吉川平介は山奉行となって、熊野木材の管理・調達を担当したが私腹を肥やしたとして1589年に大和・西大寺で斬首となっている。

赤木城からの風景

藤堂高虎は文禄4年(1595年)に四国・伊予三郡7万石を与えられて宇和島城を築くまでの約11年間、北山付近を本拠とした。

慶長の北山一揆

江戸時代となり和歌山藩主・浅野長晟の頃には徹底的な検地を行い隠し田を摘発するなどし、27万石から37万6560石になった。
そのため、紀州の人々は浅野家に対して恨みを抱いていた。
そこに大坂の陣があり新宮城の浅野忠吉が出陣すると、留守を狙って北山の地侍・山伏ら3000が蜂起。


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北山一揆勢は南下して新宮城を攻めようと成川深谷(三重県紀宝町)まで進軍したが、熊野川を渡れず新宮対岸の鮒田村に布陣した。
なお、留守居の戸田勝直らが一揆の拡大を防ぎ新宮付近の領民は浅野家に味方しため、浅野勢は熊野川を渡って一揆勢を敗退させた。

また、浅野忠吉は急ぎ新宮に戻って奥熊野に討伐に出ると、大沼村(北山村)の戦いで一揆勢は潰滅した。

赤木城

築城当時の姿が残る石垣の城は大変貴重とであり、桜の名所として知られ、朝もやに浮かぶ城壁は天空の城とも呼ばれている。
見学所要時間は駐車場からで約20分~60分ほど。

下記は田平子峠。

北山一揆

簡単だ短めに赤木城の動画も撮影した。
ご覧頂ければ、よりどんな場所なのか?、お分かりいただけるかと思う。

交通アクセス

赤木城への行き方だが公共交通手段の場合、熊野市駅より三重交通バスで「瀞流荘行き」に乗車して所要45分「道の駅 熊野・板屋九郎兵衛の里」下車。
赤木城の続100名城スタンプと御城印はこの道の駅「熊野・板屋九郎兵衛の里」と言う場所に設置されているようだ。
そして、道の駅「熊野・板屋九郎兵衛の里」からレンタルサイクル(貸自転車)で赤木城まで坂道を登って降りてち、田平子峠を越える事約20分。


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無料駐車場は約30台完備で本丸まですぐ。
清掃が行き届いているトイレ有。
駐車場の場所を当方のオリジナル地図「名古屋・北陸方面」にてポイントしている。
オリジナル地図「名古屋・北陸」方面
スマホ画面などで表示して「検索窓」から検索して、カーナビ設定することでも使用可能。(徒歩ナビとしても可能)

雪が降らなければ、冬季でも道路凍結の心配は少ないか?
ただし、道路は狭い箇所もあるので安全運転で。
せっかくなので、丸山千枚田とセットでどうぞ。

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高田哲哉と申します。
20年以上戦国武将などの歴史上の人物を調査している研究家です。
日本全国に出張して城郭も取材させて頂いております。
資格は国内旅行地理検定2級、小型船舶操縦士1級など。

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