和歌山県

紀伊新宮周防守屋敷 熊野七上綱・新宮行栄(新宮周防守行栄)の居城

紀伊新宮周防守屋敷




紀伊新宮周防守屋敷(しんぐうすおうのかみやしき)は、和歌山県新宮市新宮にある平城で、熊野詣で有名な熊野速玉大社の南側にある本広寺一帯に紀伊新宮周防守屋敷があったとされます。

紀伊新宮周防守屋敷は、熊野別当の子孫を称する紀伊新宮周防守屋敷が新宮を治めており、戦国時代の1571年頃に、紀伊・新宮周防守屋敷を構えていたと言います。
しかし、同じく熊野別当の子孫を称する佐野の和田森城主である堀内氏善が、新宮行栄を屈服させました。
新宮行栄は丹鶴姫の弟・新宮十郎行家の子孫(末柄)とされ、南北朝時代の中頃から「熊野別当」に代わって勢力を持った熊野七上綱(七人衆)のひとりとして熊野を統治していました。
七上網のなかで最後まで抵抗していたのが新宮行栄(新宮周防守行栄)であり、それまでの新宮は、熊野七上鋼(しちじょうこう)の7人衆による合議制で統治されていた模様です。





堀内氏善は新しい領主として、すぐ南側に紀伊・堀内氏屋敷を築くと本拠としています。
堀内氏善の子は、新宮姓を称して新宮行朝と名乗っています。

紀伊新宮周防守屋敷は紀伊新宮周防守屋敷の屋敷(城)があった場所と言う事で、堀内新宮城や、紀伊・新宮城と区分するため、堀内新宮城と呼ぶのが通例になっています。

現在ある本広寺は、新宮城主・水野家の菩提寺です。
この付近は古い町並みで、道路も狭いため、トップの写真撮影だけに留めさせて頂きました。





紀伊新宮周防守屋敷への交通アクセス・行き方ですが、JR紀勢本線の新宮駅から徒歩で20分、熊野速玉大社から徒歩7分となります。
クルマの場合、道が狭くて、曲がり角が曲がりにくいので、遠回りでも、できる限り太い道を選択して訪れるをお勧め致します。
場所は、当方のオリジナル関西地図にてわかるようにポイントしてあります。

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