京都府

聚楽第とは 8年で姿を消した豪華絢爛な京の城

聚楽第

聚楽第(じゅらくてい、じゅらくだい)は、京都市上京区の西陣にある平安京大内裏跡に建造した平城です。
関白になった豊臣秀吉が、政庁兼邸宅として1586年2月から工事を開始し、翌1587年9月に完成し、政庁を妙顕寺城から移しました。
なお、別名としては、塾楽亭・聚楽城と書く場合もあります。
九州攻めから戻った豊臣秀吉は、さっそく聚楽第にて政務を行っています。





聚楽第があった場所ですが、敷地の広さもあり、長らくよくわかっていませんでした。
しかし、ユニクロ西陣店の東側にあるハローワーク西陣(標高53.7m)の建物を建て替える際に、地中から金箔瓦が約600点が出土しました。

この金箔瓦は、のちに国の重要文化財となりましたが、この付近に聚楽第があったと推定されています。
ただし、瓦が出たからすぐ近くに建物があったとも限らないため、正確な場所は不明と言ったところです。
建物の内容は不明ですが、外観は伝海北友松筆の「聚楽第図屏風」などで伺い知ることができます。

聚楽第は四周を濠塁で囲まれていたようで、行幸御殿、天主御殿、その他の屋敷群、茶屋などが建てられ、池と庭園もありました。
その周囲には、黒田官兵衛の邸宅跡、上杉景勝の屋敷跡、千利休の屋敷跡などを示す石碑も周りにあります。

後陽成天皇も聚楽第に行幸し、天正遣欧少年使節は、西洋音楽を披露し、徳川家康織田信雄ら有力大名に謁見しては忠誠を誓わせました。
宣教師のルイス・フロイスは「絢爛豪華で、深い濠と石壁で取り囲まれ」「聚楽と言う言葉は、快楽と歓喜の集まりを意味する」「内部はすべて金色に輝き(中略)人々は驚嘆せずにはおられなかった」と記しています。

天守の構造は不明ですが、3層ないし5層の天守もあったとされています。
そんな中、1589年に、淀殿淀城にて豊臣鶴松を産みます。





しかし、1591年、鶴松が病死(享年2歳)したため、憔悴した豊臣秀吉は養子・豊臣秀次に聚楽第と関白の位を譲って太閤と称しました。
豊臣秀次は、北の丸を追加するなど、聚楽第の拡大を行っています。
また、太閤秀吉は、伏見城(指月城)を隠居地としましたが、肥前・名護屋城を築いて、朝鮮攻めを開始することになります。

ところが、1593年、大坂城の二の丸にて、淀殿が豊臣秀頼(拾)を産むと、情勢が一変しました。
太閤秀吉は、早々に関白を譲ってしまったのを、深く後悔します。
1595年、突然、関白・豊臣秀次に謀反の疑いが持ち上がり、聚楽第に石田三成前田玄以増田長盛・富田左近などが参じて誓紙を提出させました。
しかし、更に嫌疑を掛けられて、豊臣秀次は伏見城での弁明も許されず、高野山にて蟄居するよう命じられます。
結果的に、この豊臣秀次事件では、豊臣秀次は切腹したほか、39名の妻子らも全員斬首となり、家臣の多くも連座しました。

豊臣秀吉は更に、秀次の痕跡を消し去るため、近江・八幡山城の破却だけでなく、聚楽第も破壊するように命じました。
聚楽第の堀は埋め戻され、基礎に至るまで徹底的に破却され、周囲の大名邸宅も同時に取り壊されました。
ただし、聚楽第の建物の一部は移築されたと言われており、その移築例を下記に記載したいと思います。





多くの建物は伏見城内へ移築したほか、大徳寺の唐門が認められます。
また、西本願寺の飛雲閣、妙覚寺の大門、妙心寺播桃院の玄関、山口県萩市常念寺の山門も聚楽第からの移築とされていますが、不明瞭なところがあります。
その後、聚楽第跡は、聚楽村と呼ばれる農村でしたが、現在は市街地化されており、遺構などは残されていないと言う事になります。

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