新潟県

清崎城(糸魚川城) 高田藩の改易に翻弄された城跡

清崎城(糸魚川城)

清崎城(きよさきじょう)は、新潟県糸魚川市一の宮にある平城で、場所の地名から糸魚川城とも言います。
現在の糸魚川市役所から清崎神社・天津神社の境内が清崎城跡になる平城です。
最初の築城ですが、上杉景勝が1583年に糸魚川に新城を築くようにと、越後・根知城の西方房家に命じておりますが、その糸魚川城があった場所は不明となっています。
ただし、この清崎城が、糸魚川城であったとする説もありますので、私も、その説を支持するところです。
でも、防御的には、村上義清が死去した越後・根知城のほうが優れていますので、上杉家時代の糸魚川の城の意味するところは、不明と言えるでしょう。

そのため、史料的にも、防御の弱い清崎城は、関ヶ原の戦いあとに築城されたと言う事になっています。





1598年、上杉景勝が会津に移封となって神指城の築城を開始し、越前・北ノ庄城から堀秀治春日山城に入りました。
このとき、糸魚川には、堀清重(堀備中守清重)が配置されて、根知城に入っています。
1599年、上杉遺民一揆によって根知城は破壊された?ようで、1601年に、糸魚川統治の為、新たに清崎城が築かれて、堀左衛門が城主となりました。
こうして、糸魚川は宿場町として整備されますが、堀家は跡目争いによって、改易となりました。

1610年、徳川家康の6男・松平忠輝が、75万石となって越後・高田藩の一部になると、家老の松平信宗(松平筑後守信宗)が1万6500石にて糸魚川城代になり、子の松平信直と続いています。
しかし、藩主・松平忠輝は父である徳川家康から嫌われており、大坂の陣にも遅参したことから、徳川家康の死後、2代将軍・徳川秀忠は、松平忠輝を改易(所領没収)としました。
最終的に、松平忠輝は長生きしましたが、幽閉先の諏訪・高島城にて死去しています。

話を戻しますが、清崎城には、1619年、新しく越後・高田城に入った松平忠昌(結城秀康の次男)の付家老である稲葉正成(稲葉佐渡守正成)が2万石なて清崎城主になっています。
この稲葉正成のかつての妻は、春日局です。
しかし、1624年、松平忠昌が越前・福井城に転封になると、稲葉正成は従わずに出奔して浪人しました。
当然、江戸幕府から咎められて蟄居しましたが、3年後には許されて、下野・真岡藩2万石となっています。

稲葉正成のあとには、高田藩主になった松平光長(結城秀康の孫)の家老・荻田長繁が1万4000石で清崎城代になりました。
その後、荻田隼人・荻田本繁と荻田氏が続きますが、松平光長の嫡子が死去したことで、越後騒動と言う跡目争いが家中で勃発します。
そのため、5代将軍・徳川綱吉の裁定により、1681年、松平光長は改易となり、荻田主馬本繁は八丈島に流罪とされ、清崎城も破却廃城になりました。

清崎城

その後、糸魚川は天領(幕府直轄地)となりましたが、1691年、日向・延岡城から有馬清純が5万石で入封し糸魚川藩が成立し、小規模な陣屋を築いたようです。
しかし、4年後、越前・丸岡城に移封となり、再び天領になりました。
そして、1699年、出羽・村上藩の本多助芳が1万石で糸魚川に入封しましたが、1717年、信濃・飯山城に移封となり、かわって松平直之に1万石で与えられると、近くの場所に糸魚川陣屋がもうけられました。
この越前・松平家は、幕末まで続きましたが、基本的には江戸詰めの定府大名であったため、糸魚川に参勤交代することはなく、統治は郡代(代官)が治めました。

なお、糸魚川では、2016年12月22日に、糸魚川駅前の中華料理店から出火し、147棟が焼ける大規模な「糸魚川大火」がありました。
ただし、江戸時代にも何度も糸魚川では大火に見舞われているように、日本海に抜ける南風が強い地域です。

さて、現在の清崎城跡ですが、江戸時代に破却されたこともあり、目立った遺構は残されていません。
ただし、天津神社は大変立派な神社で「越後一宮」を称しています。

清崎城(糸魚川城)

訪問時は爆弾低気圧の影響にて、大荒れでしたので、簡単な散策に留めました。

越後・清崎城への交通アクセス・行き方としては、JR西日本の北陸新幹線、えちごトキめき鉄道・日本海ひすいラインの糸魚川駅から徒歩約15分となります。
クルマの場合、天津神社の参拝者用無料駐車場が利用可能です。

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中級者向け
旧国名
越後
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明確な遺構は残されていないようです。




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