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岩井山城(勧農城) 長尾景長 山内上杉家を支えた家宰

岩井山城(勧農城)




岩井山城(いよいやま-じょう)は、栃木県足利市岩井町の岩井山にある平山城で、勧農城(かんのうじょう)と呼ぶ場合も多いです。
別名は叶城と言い、標高は59m、比高は30mほどです。
岩井山城(勧農城)は、渡良瀬川にあると言うのが、正しい表現に思え、まっすぐ流れてきた渡良瀬川の本流が、岩井山にぶつかって、90度、直角に流れが変わっている感じです。
ただし、独立丘陵である城の両側が、現在、渡良瀬川の河川敷になっており、城跡の下流側には集落もあるのですが、その集落を含めて、渡良瀬川の「中州」にあると言う印象になっています。
実際に、本流は、岩井山城にぶつかって、南を通り過ぎるのですが、北側に流れは無いものの、河川敷になって堤防もあり、水量が増えると、岩井山城(勧農城)と集落は、孤立したことでしょう。
今は、北側から「橋」が掛かっていますので、増水しても渡れますが・・。





勧農城跡は、縄文時代の遺跡・勧農遺跡があり、発掘調査した際に、中世期の井戸跡などの遺構も見つかりました。

最初の築城としては、1465年に長尾景人が築いたとされます。

長尾景人(ながお-かげひと)は、山内上杉家の家臣・長尾実景の子となります。
1454年、鎌倉公方足利成氏の命を受けて結城成朝の家臣・多賀谷氏家・多賀谷高経によって、鎌倉関東管領・上杉憲忠が殺害された際に、父と兄・長尾景住も襲撃を受けて死去しました
そのため、長尾景人が家督を継ぎ、上野・平井城に入った上杉房顕に従い、五十子の戦いなどに参じています。
なお、足利成氏は、江戸城関宿城、栗橋城、幸手城、菖蒲城、岩槻城河越城を整備し、更には古河城を本拠に代えて古河公方を称しました。
これに対して、上杉房顕は、室町幕府からの推挙と言う形で、長尾景人を足柄に派遣して守らせたと言う事になります。
しかし、翌年、1466年に、上杉房顕は、武蔵・五十子の戦いの最中に、陣中で没しました。





その後、関東管領を継いだ上杉顕定は、下野・岩井山城を前線基地として活用して、古河公方を次第に圧迫します。
そして、1471年には、山内上杉家の家宰・長尾景信が、赤見城や樺崎城、そして古河城を落としました。
ただし、上杉勢は、古河城を維持するだけの余力もなく、1472年に足利成氏が古河城を奪回しています。
更に、足利成氏は、足利荘を攻めたようで、勧農城主・長尾景人は討死しました。享年28。

その後、嫡男・長尾定景が家督を継いでいますが、病弱だったようで、僅か3年後の1475年に急死しました。
そのため、叔父・長尾房清の後見を受けた弟・長尾景長(7歳)が後を継いで、勧農城に入りました。
下記の写真は、岩井山城(勧農城)の登城口で、当方のオリジナル地図にて場所をポイントしてあります。

岩井山城(勧農城)

1477年、長尾景春の乱においては、山内上杉家の上杉顕定に反して長尾景春に味方しています。
1487年、長尾房清は扇谷上杉家の上杉定正に味方したため、山内上杉家の関東管領・上杉顕定が勧農城を攻撃し、長享の乱へと発展しました。

1495年、上野・金山城主である岩松尚純が、重臣の横瀬成繁から攻撃されると、足利・長尾氏は救っています。
この頃から、当主・長尾景長(ながお-かげなが)の活躍が見られるようになり、長尾景長は古河公方の子・足利高基の元服の儀に、家宰・長尾顕忠に代わって参列しています。
1504年、立河原の戦いで長尾房清が討死。
1510年には、横瀬景繁と共に上杉憲房を擁立し、成田顕泰・長尾顕方らと戦い、鉢形城の上杉顕実を攻略して没落させました。
こうして、山内上杉家は上杉憲房が家督を継いで関東管領となり、長尾景長が長尾顕方に替わって山内上杉家の家宰となって権力を強めました。
また、長尾景長は、両崖山城(足利城)を整備して本拠を移したため、岩井山城(勧農城)は支城となり、白石豊前守が城主を務めたようです。





1528年、長尾景長は死去しました。
山内上杉家の家宰は、子の長尾憲長(ながお-のりなが)が継いでおり、正室は横瀬景繁の娘を迎えていました。
古河公方・足利高基の嫡男・足利晴氏の元服にも出席しています。

二の丸にある赤城神社を目指して登城できるようですが、今回は、時間が足りず遠景撮影に留めています。





岩井山城(勧農城)への交通アクセス・行き方ですが、JR足利駅から南に進み、渡良瀬川の河川敷に降りて目指すと約1.5km、徒歩20分といったところです。
駐車場はありませんが、クルマは、橋を渡って河川敷の降りたところなどに止められます。
河川敷には、渡良瀬ウォーターパークもあり、春~夏は子供たちのオアシスになります。
大人だけの場合には、日本で一番古い学校「足利学校」とセットでどうぞ。

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