栃木県

足利氏館 足利氏宅跡(鑁阿寺) 日本100名城

足利氏館




足利氏館跡は栃木県足利市家富町にある平城跡で、別名は足利氏宅跡、鑁阿寺(ばんなじ)とも言い国の史跡にもなっているほか、日本100名城にも選ばれています。
最初の築城は、平安時代後期に陸奥判官として活躍した源義康(みなもと-の-よしやす)で、源義家の子・源義国の次男となります。
父から足利荘を受け継ぎ、足利義康とも称して足利氏の祖となっています。
その源義康が居館を構えたのが足利氏館と言う事になります。
ちなみに、兄・源義重は、新田荘を本拠とし新田義重と名乗りました。





現在、足利氏宅跡には鑁阿寺(ばんなじ)がありますが、この寺は1196年に足利義兼が敷地内に大日如来を奉納した持仏堂・堀内御堂を建立したのが始まりです。
その後、本堂(持仏堂)は1229年に落雷にて焼失しますが、1234年に足利義氏が伽藍を整備すると足利氏の氏寺となり、足利義兼の戒名である鑁阿から寺名がつけられました。

鑁阿寺

国宝に指定されている鑁阿寺の本堂は、1299年に建立されたものとなります。
その後、1420年前後に大規模な改造が施されているとの事ですが、関東では大変貴重な建造物です。

鑁阿寺の本堂

鑁阿寺がある場所は、方形居館と呼ばれる正方形の形で、土塁が残り、水堀で囲まれています。

足利氏館

そのほか、1196年に足利義兼が建てた鐘楼と、1407年に関東管領・足利満兼が再建した経堂は国の重要文化財にとなっています。

足利氏宅

室町幕府を起こした足利尊氏もこの足利氏館から出世したと言う事になります。
そのためか、次第に屋敷としては使われなくなったようで、館跡はすっかり寺院(鑁阿寺)になったようです。

鑁阿寺

その後、足利一族が関東管領や鎌倉公方となって関東に入ると度々、足利城の戦いが勃発していますが、その頃、使われていた城は、詰の城である山城の両崖山城(足利城)と言う事になります。
春には桜が咲き誇り、秋にはは銀杏の紅葉などが綺麗な足利氏館跡です。

足利氏館跡

JR足利氏館・足利氏宅跡(鑁阿寺)への交通アクセスですが、JR両毛線ま足利駅徒歩10分、東武鉄道・伊勢崎線の足利市駅徒歩15分となります。
クルマの場合には、足利学校に隣接する、太平記館の無料駐車場が利用できます。
たかうじ君広場駐車場も便利ですので、当方のオリジナル地図にて、駐車場の場所などをポイントしておきます。

日本100名城のスタンプが設置されている場所は、鑁阿寺の本堂にあるお守り売場付近ですが、夕方には閉まります。

足利氏館

もちろん、日本最古の総合大学といわれる足利学校とセットでどうぞ。

この付近温泉宿があまり無いのですが、今回は「やぶづか温泉ホテル」さんに宿泊しましたので、ご参考までに。

冬期には「あしかがフラワーパーク」の日本一とされるイルミネーションも人気です。

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