岡山県

幸山城(高山城) 備中・石川氏の豊かな拠点

幸山城(高山城)

幸山城(こうざんじょう)は岡山県総社市にある標高162mの山城で、高山城、甲山城と書く場合もあります。
また、同じ尾根の延長上、南側には備中・福山城もあります。

幸山城(高山城)と備中松山城

最初の築城は鎌倉時代の末期となる延慶年間(1308年~1311年)前後に、庄資房(荘左衛門四郎資房)が築城したとされます。
庄資房(しょう-すけふさ)の先祖は武蔵で勢力を誇った児玉党とされますが、武功を挙げて備中国小田郡の所領を得ました。
そして、鎌倉幕府の北条仲時の軍勢に従い京にて滞在しましたが、1333年、足利尊氏が六波羅探題を攻め落としたため、北条仲時は光厳天皇・後伏見上皇・花園上皇らと東国へ逃れようとします。
しかし、近江の番場峠(滋賀県米原市)などで、佐々木道誉らに行く手を阻まれ、一行は番場・蓮華寺にて432人が自刃しました。
この432人に庄資房も含まれるとされ、その後、跡を継いだ庄資氏(しょう-すけうじ)は、後醍醐天皇に味方し南朝として戦いました。





その後、諸説ありますが、庄資政の時に猿掛城を築城して、庄氏は拠点を移しました。
そのため、幸山城(高山城)の城主は、備中守護である細川氏の被官の石川氏へと替わって行きます。
応永年間(1394年~1428年)のころには、備中一の宮である吉備津神社の社務代の石川氏が当主と言う文献があります。
この領地変更は、細川氏の命であった可能性もあるでしょう。

こうして、庄氏は猿掛城で、石川氏は幸山城を拠点として細川氏を支えました。

時は流れて戦国時代になると、成羽城三村家親が、毛利元就の支援を受けて備中・松山城の庄高資を降ろして備中の大勢力となり、石川氏も従います。
しかし、岡山城宇喜多秀家が力をつけてきたため、1567年、明禅寺の戦いとなりました。
この時、幸山城主は石川久智でしたが、大敗を喫し、5000を率いていた石川久智も傷を負い、その傷がもとで他界しました。

そのため、石川久智の子・石川久式が跡を継ぎました。
この石川久式は三村元親の妹婿で、三村家とは密接な関係でした。
元亀2年(1571年)には、尼子勢が備中に南下し幸山城にも攻め寄せています。
このとき石川久式は毛利勢に加わって九州へ出陣していたため、幸山城は尼子家に屈しました。

その後、毛利家の援軍を得て石川久式は幸山城を奪還しますが、従っていた三村元親が毛利家から織田家に寝返ります。
そのため、毛利家は三村攻めを行う「備中兵乱」となりました。

毛利元清らが三村氏の備中松山城を包囲すると、石川久式は義兄・三村元親を救援するため、幸山城を捨てて備中・松山城の籠城に加わっています。
しかし、備中松山城は陥落して、三村元親は切腹し、石川久式も幸山城近くまで逃れましたが、重臣に裏切られて自刃しました。

その後、幸山城には清水宗治が入ったとされ、数年在城したあとには、備中高松城に居城を移しています。

また、毛利家は小早川隆景を幸山城主にしたともありますが、他には国司壱岐守、中島大炊助などが入っています。
羽柴秀吉が高松城を水攻めした際には、小早川隆景が幸山城に入り、毛利輝元は猿掛城を本陣として指揮しました。





幸山城(高山城)への交通アクセスですが、いくつかルートがあるようですが、ふれあい広場から入っていくのが一般的なようです。
今回は時間がなく断念しましたので、正確な登城口までは不明です。
もし、ご存知の方がおられましたら、情報をお寄せいただけますと幸いです。

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攻略難易度
中級者向け
旧国名
備中
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下調べを十分に行って登城を。




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