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中曽根城のちょこっと解説~東京・足立区にはなかなかの城跡があった?

中曽根城

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中曽根城

中曽根城(なかそねじょう)は、東京都足立区本木にある平城で、別名は千葉城、渕江城とも言う。

最初の築城としては、室町時代の寛正年間(1460年~1466年)とされ、武蔵・千葉氏が築いたようだ。
ただし、武蔵・千葉氏の本拠は、板橋の赤塚城だったので、中曽根城は支城と言う事になるのだろう。

中曽根城

現在、中曽根神社があり、境内に中曽根城の石碑解説板が設置されている。
周囲は宅地化され遺構がなく、全く昔の様子を想像できないが、若干の微高地だったようで、戦国時代には3重の掘が巡らされており、なかなか堅固な様相だったようだ。

中曽根城

そもそも、武蔵千葉氏は、室町時代中期の享徳の乱にて、千葉氏で内紛が発生し、千葉氏の宗家の生き残りである千葉実胤が、本拠の下総国を追われて扇谷上杉氏を頼り、隅田川沿いの石浜城を拠点にしたのが始まりとなる。
千葉実胤の弟・千葉自胤は赤塚城に入ったが、兄が隠居したので弟の千葉自胤(ちば よりたね)が武蔵・千葉氏の当主となっている。
恐らくはその家督継承の前後辺りで、中曽根城が築城されたものと考えられるが「千葉城」とも呼ばれているので、短期間、本城扱いだった可能性もあるだろう。


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宗家から転落した武蔵・千葉氏は武蔵・石浜城を本拠とし、小田原城の北条氏の傘下に加わった。
1574年10月、下総・関宿城を攻撃した際に、武蔵千葉氏の千葉胤宗が討死。
跡取りがいなかったため、北条氏繁の4男を養子を迎えた千葉直胤(ちば なおたね)が武蔵千葉氏最後の当主となっている。

交通アクセス

舎人ライナー・扇大橋駅を下車して徒歩20分。
東武伊勢崎線の梅島駅からも徒歩20分くらい。
駐車場に関しては、ドラックストアの脇にあるコインパーキングに止めた。

城跡の場所などは、当方のオリジナル関東地図にて、ポイントしている。
スマホで表示して、目的地としてタップし「ナビ開始」にすれば、カーナビ代わりにもなる。
自動車用、歩行用でも、ナビとして使用可能。

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(株)TOLEDO、高田哲哉と申します。
20年以上戦国武将などの歴史上の人物を調査している研究家です。
日本全国に出張して城郭も取材させて頂いております。
資格は国内旅行地理検定2級、小型船舶操縦士1級など。

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