徳島県

上桜城と激戦となった上桜城の戦い~私も包囲されました

上桜城




阿波・上桜城

阿波・上桜城(うえざくらじょう)は、徳島県吉野川市川島町桑村にある標高142mの前山に築かれている山城(比高は120m)で、植桜城、上櫻城、川島南城とも言います。

南北朝時代の初め、土豪・河村小四郎が上桜山に砦を築いたという言い伝えがあります。

戦国時代になると、1553年に阿波の守護・細川持隆を殺害した三好実休(三好義賢)に従った重臣・篠原長房が上桜城主となりました。

1562年に、久米田の戦いにて三好実休が討ち死にすると、あとを継いだ8歳の勝瑞城主・三好長治を、篠原長房の弟で阿波・木津城主の篠原自遁板西城主・赤沢宗伝らと補佐して国政と三好政権を担いました。

特に篠原長房は三好家の分国法「新加制式」を制定したと言われており、三好家臣の中でも中心となって活躍しています。





しかし、絶世の美女と評され、細川持隆の側室から、三好実休の妻となって三好長治、十河存保の2子を設けていた「小少将」が、三好実休の亡きあとには弟の篠原自遁と相通じあう仲となります。
弟には何回も三好家の家臣として正しく仕えようと促したようですが、詳しいいきさつは不明ながらも、篠原長房は上桜城に籠って出仕しなくなったようです。

これが謀反と受け取られ、1573年6月、三好長治(20歳)、十河存保(21歳)、細川真之(34歳)が、篠原長房を討伐する兵を挙げて上桜城の戦いとなりました。

上原城の戦い

三好長治の命を受けた十河存保が総大将となり、阿波の森飛騨守、井沢右近大輔、讃岐国の香川氏、香西氏、淡路国の兵など7000に、紀伊からの援軍3000(鉄砲1000丁)も加わり、十河存保は約10000で攻め掛かります。

上桜城

十河存保は手始めに、板西城の赤沢宗伝を攻撃したため、篠原長房は善入寺と東弾寺に1500を集めて、吉野川を挟んで対陣しました。
下記は、上桜城の本丸手前で、道は獣道のように細いです。

上桜城

話を戻しますが、篠原長房は川を深く掘りおこしたされ、吉野川は急流となっており、十河勢は渡河できなかったと言います。

上桜城

しかし、多勢に無勢であり、次第に上桜路に押し込まれて、約2ヶ月の籠城も兵糧の補給が困難となりました。
十河存保はついに善入寺と東弾寺を打ち破り、大日寺に強固な陣を築きます。

上桜城

篠原長房は、妻と子供3名(次男・新次郎、三男・義房ら)に家臣2名を付けて、妻の出身である攝津教行寺兼詮のもとに逃がしたとされます。

上桜城からの展望

そして、1573年7月15日、夜中に残存兵力を城下に結集させると、翌16日の早朝に上桜城に火を放って篠原長房と長男で阿波・秋月城主の篠原長重(18歳)は大日寺へと突撃しました。

上桜城

嫡男の篠原長重は長刀を振りかざし十河存保がいる本陣に西門から迫りましたが、背後から香西氏の家臣・植松資久が接近して、討ち取られたと言います。享年19。
篠原長房も奮闘しましたが、敵陣の中で討死しました。

戦場は上桜城の山麓から大日寺の広範囲だったようで、双方の死者は合計3000名とされている激戦でした。
篠原長房の墓、篠原長重の墓は、伊沢城近くにあります。

篠原長房の墓、篠原長重の墓

下記は上桜城にて撮影した動画で、より上桜城の雰囲気が分かるかと存じます。

その後、上桜城は廃城となったようですが、戦功があった川島惟忠に領地が与えられて、川島城を築城しています。

川島城

上桜城へのアクセス・行き方ですが、本丸の近くまで、整備されている林道が伸びていて、クルマでも訪問しやすいです。
見学所要時間は20分といったところです、林道脇から入れば、高低差もほとんどなく、トレッキングポールなども不要です。

上桜城の入口

駐車場はありませんが、緊急車両通行の妨げにならないところに、レンタカーを止めさせて頂きました。

上桜城

しかし、これが怖いハメに・・。

包囲されていた

林道の路肩にレンタカー止めて、本丸まで行って戻ってきましたら、大きなハチが、ブンブンと、たくさん、車に群がっているではないですか?
クルマを止めた近くにハチの巣があったのかも知れません。
クルマのフロントマスクのフェンダーが「黒」だったので、そのあたりに、たくさん蜂が飛んでいました。
明らかに、黒色の部分に突撃しているような行動を取っており、クルマに向かって攻撃しているようです・・・。
恐らくは、ハチミツ大好きな、黒い熊さんがやってきたと勘違いしているのでしょう。
ハチの色は、黄色と黒ですので、戦国時代の旗の色に、黄色と黒を用いた、長宗我部盛親から攻撃を受けているような気分です。

幸いにも、ドアの方には、ハチがそんなに包囲していませんし、弱兵に見えたのか、黒髪と黒ズボンの私の方には飛んできません。
と言う事で、意を決して、素早く運転席に乗り込みました。
幸いにも、車内に蜂は入り込まずに済み、エンジンをかけて、包囲網を離脱しました。
10mくらい走行しても、ハチがまだ、フロントガラスの前にいましたが、なんとかセーフでした。

レンタカーを借りますと、たまにはブラック(黒)の車体になることもあります。
今回は、グレーでしたので、フェンダー部分だけが黒で済みましたが、車体全体が黒色だったと思いますと、それこそ、大きな熊さんですので、ゾッとします。
包囲されて激戦となった上桜城籠城兵の怖さも、少しはわかったような気がいたしました。





レンタカーが山の中で、ハチに包囲されているときのピンチを、打開する方法なんてあるのかな?と、考えても答えが見つかりません。
最後にお願いです。
自動車メーカーさん、車体には黒い部品使うの、タイヤくらいにお願いできないでしょうか?
切実です。

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城迷人たかだ

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(株)TOLEDO、高田哲哉と申します。
20年以上戦国武将などの歴史上の人物を調査している研究家です。
日本全国に出張して城郭も取材させて頂いております。
資格は国内旅行地理検定2級、小型船舶操縦士1級など。

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