徳島県

阿波・木津城と篠原自遁の攻防~東条実光も

阿波・木津城




阿波・木津城(きづじょう)は、徳島県鳴門市撫養町木津にある標高64mの平山城(比高は50m)で、本州四国連絡道路(高速)の鳴門IC近くにあります。

少なくとも南北朝時代には砦があったと推測できますが、城主として名が見られるのは、戦国時代の三好氏の宿老で阿波・木津城主・篠原長政となります。
その子に、篠原長房と篠原肥前守自遁と言う武将がいます。

篠原自遁(しのはら-じとん)は三好家において優秀な武将である上桜城主・篠原長房の弟であり、勝端城主の三好実休(三好義賢)に仕えていました。

1562年に、久米田の戦いで、三好実休が狙撃されて討死すると、あとを継いだ8歳の勝瑞城主・三好長治を、兄・篠原長房と共に、板西城主・赤沢宗伝らと補佐して国政と三好政権を支えました。





ただし、篠原自遁(篠原実長)は、主君・三好長治の生母である小少将(大形殿)と不義密通状態で、兄の篠原長房は咎めたと言います。
それを恨んだのか、兄を主君に讒言したともされ、1573年6月、三好長治(20歳)、十河存保(21歳)、細川真之(34歳)が、篠原長房を討伐する兵を挙げて上桜城を攻撃しました。
この上桜城の戦いにて、兄・篠原長房は亡くなった訳ですが、三好家は功臣を失い、衰退して行きます。

なお、篠原自遁の子である篠原長秀(しのはら-ながひで)は、110貫で三好長治の近習として出仕しており、のち今切城主となっています。
篠原長秀(篠原玄蕃頭長秀)は、1576年に、傀儡政権からの脱却を目指した細川真之を攻めた際、一宮成助に敗れた三好長治に対して、今切城への退却を進言して籠城しました。
しかし、翌年に細川真之の大軍に包囲され、篠原長秀は今切城を脱出して、家臣の郡勘助を頼りましたが、既に裏切られており、討たれたと言います。

その1577年に細川真之と伊沢頼俊小笠原成助らが三好長治を討ち果たすと、篠原自遁・矢野国村ら3000の三好勢は牛岐城主・新開実綱(新開道善)に味方して、阿波・桑野城主の東条実光(東条関之兵衛実光)を攻撃しています。
しかし、長宗我部元親と通じていた一宮成祐の援軍にて撃退されました。

天正6年(1578年)、三好越後守、矢野国村、河村左馬亮らが推挙した十河存保が三好家相続することに、篠原自遁は反対し細川真之に味方します。
しかし、敗れて降伏し、十河存保が勝瑞城を攻撃する際には先導役を果たしました。
土佐泊城森村春が計略を用いて臣従させたとも、篠原自遁は十河存保を支持したという説もあります。

1579年には、細川勢の有力国人である伊沢城主・伊沢頼俊も静粛されました。

天正十年(1582)に、四国制覇を狙う長宗我部元親が阿波に侵攻すると、頼みの織田信長本能寺の変で亡くなります。
そして、大きな合戦となった中富川の戦い、勝瑞城の戦いとなりますが、篠原自遁は木津城に籠って、積極的に三好勢には味方しなかったようです。
勝瑞城は落城して、十河存保は讃岐・虎丸城へと逃れました。
そのため、篠原自遁(篠原実長)も木津城を明け渡して、淡路、そして和泉へと逃れています。

篠原自遁の3男・篠原右近(しのはら-うこん)は、一族離散したあと、石山本願寺本願寺顕如を頼ると得度を受け、鳴門に戻ると1592年に圓勝寺を開基しました。

自遁はその名の通り「自ら遁走」しましたが、木津城には長宗我部勢に従っていた阿波・桑野城主の東条実光(東条関之兵衛実光)が入っています。
この東条実光は知勇兼備の名将で、長曽我部元親はが養女を妻として嫁がせるなどして、厚遇した阿波の国人です。

この時、木津城は大規模な改修が施されたようです。





そして、1585年6月、豊臣秀吉の四国攻めにおいては、最初の攻撃目標が木津城となりました。
羽柴秀長らが大軍で包囲し、8日間後に水の手を断たれて、豊臣勢軍にいた、東条実光の叔父・東条紀伊守が、東条実光を説得し開城させています。
東条実光は人質を豊臣家に出して土佐に戻りましたが、長曽我部元親の逆鱗に触れて自害させられました。

さて、阿波・木津城は太平洋戦争中に、徳島航空隊の特攻隊基地や退避壕によるトンネルが掘られました。
また、1958年には山頂に配水池が作られるなどしており、遺構の保存状態は良くありません。
このように西側は削られていますが、北側からは木津城址公園に入れます。
ただし、公園から城跡へ行ける遊歩道は無いと言う情報があり、登城口は木津城の東側の道路からとなるようです。

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城迷人たかだ

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(株)TOLEDO、高田哲哉と申します。
20年以上戦国武将などの歴史上の人物を調査している研究家です。
日本全国に出張して城郭も取材させて頂いております。
資格は国内旅行地理検定2級、小型船舶操縦士1級など。

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