群馬県

倉賀野城とは 倉賀野尚行 金井秀景

倉賀野城




倉賀野城(くらがの-じょう)は、群馬県高崎市倉賀野町にある崖端城です。
利根川の支流となる烏川脇の河岸段丘に築かれており、付近を中山道も通ることから、交通と軍事の要衝です。
最初の築城は秩父高俊(武蔵・児玉党の一族)で、鎌倉時代に倉賀野を与えられて、倉賀野氏の初代となりました。
その後、南北朝時代になって、倉賀野光行が倉賀野館を改修したことから、倉賀野城と呼ばれるようになっています。
そのため、最初の築城は、倉賀野光行とする場合もあります。





倉賀野氏は山内上杉氏に従っていたようで、関東管領上杉憲政のもと、1545年、北条綱成が守る河越城を攻撃しており、倉賀野行政(倉賀野三河守行政)が川越夜戦にて討死しています。
倉賀野氏も大打撃を受けましたが、金井秀景(金井小源太)、福田加賀守、富田伊勢守、須田大隈守、田沼庄衛門ら倉賀野十六騎の武将が結託して、幼い倉賀野為広と倉賀野城を守ったようです。

1547年、武田信玄志賀城の笠原清繁を攻撃した際に、関東管領・上杉憲政は志賀城へ援軍を出します。
この時、上杉勢の総指揮を執ったのは、倉賀野為広の名代となった、重臣の金井秀景(金井小源太)でした。
しかし、佐久にて小田井原の戦いとなり、板垣信方、甘利虎泰によって大敗北を喫しています。

倉賀野為広の子である倉賀野尚行(くらがの-なおゆき)の代になると、金井秀景は武田家から調略を受けたようで、武田信玄に寝返りました。

倉賀野城

1560年、関東に出陣した長尾景虎上杉謙信)に従って、倉賀野尚行は小田原城攻めにも参陣しています。
その後、倉賀野氏は箕輪城主・長野業正の傘下に入ったようですが、武田勢によって木部城が落城した1563年には、橋爪若狭守らの活躍で倉賀野城は攻撃を撃退しています。
長野業正が病死すると武田信玄の攻勢を受けて、1565年6月に倉賀野城は陥落しました。
倉賀野尚行は、春日山城の上杉謙信を頼って逃亡しています。
その後、1570年には、金井秀景が倉賀野城にあり、姓名も倉賀野秀景と改名しました。





一方で越後の逃れていた倉賀野尚行は、旧領奪還を目指して上野に戻り、1574年3月、膳城にて上杉謙信の使者・一瀬某と面会するなどの行動が見受けられます。
しかし、企てはうまく行かず、倉賀野尚行は越後に戻ると、倉賀野長左衛門統基(倉賀野統基)と名を変えて、直江兼続の家臣に列しました。
直江家が断絶したあとは、出羽・庄内藩の酒井忠勝に仕えて、のち米沢藩の上杉定勝に帰参しています。

倉賀野秀景(倉賀野淡路守)のほうは武田家に従い、大熊伊賀守らの援軍を得て、北条家や上杉家の攻撃に耐えました。
しかし、1582年、武田勝頼天目山の戦いにて自刃すると、上野国に入った滝川一益に降伏しました。
そして、庁南城(長南城)の武田豊信に出仕するよう交渉し、梶原政景と交渉するなど、滝川家のために働いています。
しかし、明智光秀本能寺の変になり、神通川の戦いで滝川勢が敗れると、滝川一益が尾張に帰還するのを、真田昌幸らと木曾まで同行しています。
その後、和田城主の和田信業らと倉賀野秀景は小田原城主の北条氏直に臣従しました。
倉賀野城には垪和広忠(垪和伯耆守広忠)が派遣されています。

倉賀野城

1590年、豊臣秀吉小田原攻めでは、北条家の要請を受けて小田原城に籠り、早川口を守備しました。
そして、前田利家上杉景勝らの北国軍に対して、倉賀野城は降伏したようです。
また、北条氏直も降伏して小田原城が7月5日に開城しますが、そのあと7月27日に倉賀野秀景は没しましたが死因は不明です。
墓所は、JR倉賀野駅の西にある永泉寺。





倉賀野城は、上野では歴史的にも重要な城ですが、城跡は住宅街になっていて遺構はありません。
烏川の護岸上にある「雁児童公園」に、城址碑がありますので、当方のオリジナル地図にて、その場所をポイントしています。
下記の公園の中にあります。

倉賀野城

倉賀野城への交通アクセスですが、城址碑がある公園には駐車場がありません。
公園の東側、川沿いの道路が注意禁止では無かったため、緊急車両の通行を妨げないように止めて、3分だけ駐車させて頂きました。
JR高崎線の倉賀野駅からは徒歩10分ほどです。

このあとは高崎城に向かいました。

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