長野県

志賀城とは~小田井原の戦いと笠原清繁の首塚

志賀城




信濃・志賀城(しがじょう)は、長野県佐久市にある山城で、標高は880m、比高は170mとなります。

天然の岩肌も露出する急峻な山上に築かれていますが、最初の築城は不明です。

武田信虎に従っていた諏訪頼重も1540年に大井貞隆の長窪城を落としていますが、武田信玄が諏訪に侵攻すると長窪城を奪還していました。
その後、武田信玄はの相木昌朝や芦田信守を調略し、1543年9月に再び長窪城を奪還し、捕虜となった大井貞隆は甲府に連行されています。

以後、大井貞隆の弟・大井貞清が内山城にて抵抗していましたが、1547年5月20日に内山城も落城・降伏しました。
ちなみに大井貞清は、のち長篠の戦いの際に討死しています。

これで、佐久の大半を掌握した武田信玄でしたが、志賀城の笠原清繁(笠原新三郎清繁)だけは、まだ、強固に抵抗していました。
碓氷峠も比較的近いことから、志賀城へは関東管領上杉憲政からの支援が期待できたからです。
実際に援軍として、上杉家の家臣で菅原城主である高田憲頼の父子が志賀城に入っていました。





これに怒った武田信玄は、志賀城の総攻撃を決意します。
1547年閏7月、大井三河守貞清を先鋒として甲府を出陣し、閏7月24日に志賀城を包囲し、翌日には水の手を絶ちました。

そのため、関東管領・上杉憲政は、志賀城の後詰(援軍)を送ります。
一説では20000とも言われる大軍です。

小田井原の戦い

志賀城を包囲していた武田晴信は、重臣の板垣信方、甘利虎泰、横田高松、多田三八らに上杉勢撃退を命じると、1547年8月6日、小田井原の戦い(おたいはらのたたかい)となりました。
笛吹峠合戦(笛吹峠の戦い)とも言います。
金井秀景を大将とし、倉賀野党16騎が先陣である関東管領の軍勢は大敗を喫して、約3000が討ち取られたとあります。

降伏しない志賀城に対して、武田晴信(武田信玄)は、その3000の首を、志賀城からよく見える場所に並べたとされ、もう援軍も期待できない城兵の士気を下げました。
兜首は槍にかざし、平首は棚に掛け並べていたとされます。

そして、8月10日、武田勢は志賀城への総攻めを開始し、外曲輪、二の曲輪が焼き落とします。
翌8月11日、残る本曲輪(本丸)を攻めて、志賀城主・笠原清繁を荻原昌之(萩原弥右衛門)が討ち取りました。
関東管領の家臣・高田憲頼(高田右衛門佑)らは、諏訪衆の小井弖越前守が討ち取っています。
城兵は約300の死者となりました。

この時の武田晴信の処置は厳しく、志賀城の落城後、城内に立て籠もっていた敵兵は、金山などへ送られて強制労働となり、実質的に奴隷として扱ったと言います。
女・子供は、捕虜となり、親類縁者がある者は二貫文から十貫文で身請けされましたが、多くは娼婦・奴婢として人身売買されたと言います。

美人であったとされる、笠原清繁の妻(笠原清繁夫人)は、郡内衆の小山田信有に与えられ、妾となっています。

その後、戦国時代の志賀城に関する記録は見つかっておらず、不明です。
なお、武田勢が攻めたのは、志賀城ではなく、近くの高棚城や笠原城であったとする説もあります。

武田信玄は、若かりし頃の奴隷狩り・残虐行為を悔いたのか?、佐久には龍雲寺を開いて、上杉景勝直江兼続も子供の頃に学んだと言う、北高和尚を招いています。

笠原清繁の首塚

下記は、笠原清繁の首塚です。

笠原清繁の首塚

畑の真ん中に、ポツンと五輪塔が残っています。
畑と記載しましたが、夏場は水がはられた「田んぼ」になっているとのことです。
首塚を違う場所に移そうとすると、災いが起こると言われています。
「怨みの首塚」と呼ばれることもあり、昔、邪魔だから移そうとした人が亡くなったと伝わっているそうです。





志賀城跡には雲興寺から右奥の墓地付近に登山道があるようですが、整備されていないとのことで、危険もあるため登るのは断念しています。
なお、山頂部は本当にキケンな箇所もあるとの情報もありますので、自己責任にてお願い申し上げます。
虎口には石積み見られるようですが、今でも、転落注意となる難攻不落の要害です。
碑や案内板、説明版などはありません。

ちなみに、三谷幸喜監督の映画「ステキな金縛り」に登場する落武者の更科六兵衛は、笠原一族である笠原新六郎がモデルではないかと推測しています。

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城迷人たかだ

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(株)TOLEDO、高田哲哉と申します。
20年以上戦国武将などの歴史上の人物を調査している研究家です。
日本全国に出張して城郭も取材させて頂いております。
資格は国内旅行地理検定2級、小型船舶操縦士1級など。

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