石川県

能登・末森城 土肥親真 能登の末森城の戦い

能登・末森城




能登・末森城(すえもり-じょう)は、石川県羽咋郡宝達志水町竹生野にある標高138.8mの山城で、比高は118mほどのようです。
別名は、末守城・末盛城とも書きますが、能登への入口となる交通の要所です。

なお、能登は他の城名でもそうなのですが、日本に同じ名称の名前の城が多いです。
末森城と言いますと、だいたいの方は、織田信秀が築いたとされる尾張・末森城を連想するのではないかと存じますが、能登・末森城も、歴史的には重要なポイントがありました。





最初の築城は不明ですが、能登・畠山氏の家臣が築いていたものとされます。
戦国時代には、1550年の時点で、畠山義続の家臣・土肥但馬守が能登・末森城主でした。
この土肥氏は、相模国の土肥(湯河原)が出自の庶流と言う事になります。

1577年、越後の春日山城から上杉謙信が能登に侵攻した際に、土肥親真(土肥親実)は降伏しています。
そのとき、上杉勢の斎藤朝信らが能登・末森城に入りましたが、畠山春王丸らが籠城した七尾城の戦いに参加した功績にて、土肥親真(どい-ちかざね)は能登・末森城に復帰を許されています。

上杉謙信が死去して、1580年になると、織田家の柴田勝家らが迫ったため、土肥親真は降伏しています。
こうして、織田家に臣従しており、土肥親真はまたしても、能登・末森城主として健在ですので、素晴らしいですね。
その後、能登が前田利家に与えられると、能登・畠山氏の旧臣である長連龍らと共に、前田家の与力を命じられました。





そして、土肥親真は、前田利家の妻・まつ(芳春院)の姪にあたる娘を正室に迎えたようで、その娘は末守殿と呼ばれています。
このように、前田家にして将来も安泰と思われましたが、1583年、賤ヶ岳の戦いで先鋒を務めた際に土肥親真は討死しました。

その後、能登・末森城には、前田家の譜代の重臣である奥村永福が入っていますので、前田家の中でもかなり重要視された拠点だったことがわかります。

そんな重要拠点であったため、前田慶次郎も参加したと言う、末森城の戦い(末森合戦)が、1584年に勃発しました。

末森城の戦い

この合戦は、豊臣秀吉の軍勢が小牧・長久手の戦いで、徳川家康と戦った際に、徳川家に味方した佐々成政が軍事行動を起こしたものです。
越中にいた佐々成政は、豊臣家の味方である前田家の加賀・朝日山城を急襲しました。
しかし、村井長頼がよく撃退しています。
その後、佐々成政と神保氏張・佐々平左衛門は、15000にて能登・末森城を包囲しました。
このとき、能登・末森城を守備していたのは、奥村永福・千秋範昌で1500になります。
前田勢は劣勢だったため、土肥親真の弟・土肥次茂が討死するなどして三ノ丸、二ノ丸などが次々と落ち、落城寸前まで追い込まれました。
奥村永福の正室・安が薙刀を手に激励したため、士気は上がったと言う逸話もあります。





この佐々勢の攻撃の知らせが届いた金沢城からは、前田利家が2500にて援軍を出しました。
豊臣秀吉からは「金沢で城の守りに専念せよ」と命じられていましたが、家臣らの反対を押し切っての出陣だったようです。
津幡城に入ると軍議を開き、真正面からは挑まず、高松村(かほく市)の豪農・桜井三郎左衛門の案内にて、気が付かれないように裏回りし、夜明けに佐々勢を背後から攻撃したようです。
不意を突かれた佐々成政は、死者が2000名?ともされる大敗を喫して敗走しましたが、途中、誰もいなかった鳥越城を占領しています。
また、阿尾城が前田勢に降伏したため、前田慶次郎が阿尾城に入り、奪還にきた神保氏張らの軍勢を破っています。

一国一城令で廃城になった際には、能登・末森城の本丸にあった門が、金沢城鶴の丸南門として移築されたとあります。
しかし、宝暦9年(1759年)に火災にて焼失しました。





毎年のように、イノシシや熊出没の情報があり、場合によっては登城禁止になっていることもあるようです。
下記が能登・末森城への登城口になります。

能登・末森城

麓の無料駐車場から本丸までは徒歩20分ほどで、見学所要時間は60分ほどになります。
駐車場の場所は、当方のオリジナル地図にてポイントしておきます。

次は御舘館に向かいました。

阿尾城 日本海に突き出た要害を前田慶次郎が守備
七尾城 畠山義統と畠山義総 上杉謙信との七尾城の戦い
佐々成政~織田家のエリート武将も、最後は悲劇な人生を送った
不破光治と不破直光~戦国時代をうまく乗り切れなかった柴田勢
前田利家【詳細版】~槍の又左と武勇を称される
津幡城 前田秀継が城主になる
奥村永福 前田家を一度出奔するも重臣として支える
御舘館 国指定級の良好な遺構が残っている能登の平城
金沢城を一周するポイント 尾山御坊跡
能登の観光や城跡訪問にも便利な独自地図





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城迷人たかだ

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(株)TOLEDO、高田哲哉と申します。
20年以上戦国武将などの歴史上の人物を調査している研究家です。
日本全国に出張して城郭も取材させて頂いております。
資格は国内旅行地理検定2級、小型船舶操縦士1級など。

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