岩手県

遠野・安倍屋敷(阿部屋敷) カッパ淵にある奥州安倍氏一族の屋敷

遠野・安倍屋敷(阿部屋敷)




遠野・安倍屋敷(阿部屋敷)は、岩手県遠野市土淵町土淵にある平城(館)で、別名は屯館(とんだて)とも言います。
柳田國男の「遠野物語」第六八話にも「安倍氏という家ありて貞任の末なりと云う」と言うくだりで登場しています。

陸奥六郡に威勢を誇った奥州安倍氏の一族の屋敷とされます。
と言う事は、安倍晋三・内閣総理大臣とも、遠い親戚である可能性もありますね。





奥州・安部氏と言うのは、ヤマト政権が東北を支配下に納めようとした際に、抵抗せずに味方した蝦夷(えみし)・先住民であったとする説があります。
例えば、水沢江刺の阿弖流為(アテルイ)は、抵抗したため、坂之上田村麻呂の討伐を受けたと言う事になります。

遠野・安倍屋敷(阿部屋敷)

遠野・安倍屋敷(阿部屋敷)は、俘囚長・安部貞任とも関係あるとされ、1050年頃に屋敷を構えた模様です。
数十名の家族が住み、土塁と塀で囲まれていたようです。
館主は、安倍貞任の弟・安倍頼時の六男である北浦六郎重任・安倍重任(あべ-の-しげとう)ともされます。

遠野・安倍屋敷(阿部屋敷)

平安時代の1050年頃となりますと、まさに安倍貞任(あべ-の-さだとう)が生きていた時代です。
しかし、安倍氏は朝廷から派遣された陸奥守・藤原登任と争いとなり、前九年の役が勃発します。
そして、安倍氏の拠点であった小松柵・衣川柵・鳥海柵が陥落し、厨川の戦いにて、安倍貞任は討死しました。
それが、1062年ですので、ちょうどこの時代に遠野・安倍屋敷(阿部屋敷)はあったと考えてよいでしょう。

遠野・安倍屋敷(阿部屋敷)

年代は不明ですが、源義家(八幡太郎)の軍勢が八幡座舘に陣を構えて、小烏瀬川を挟んで矢を撃ち合ったと言う的場跡の伝承もあります。
源義家も同じ時代の武人ですので、恐らくは、安倍屋敷(阿部屋敷)の安倍氏と合戦になったものと推測されます。

この遠野・安倍屋敷跡は、遠野のカッパ伝説で有名な「カッパ淵」にあります。
近年では、安倍与右衛門さんが、村会議員を務めていました。
更に、カッパ爺さんとして有名だった故・安部与市氏は、北浦六郎重任から数えて28代目とされています。

遠野・安倍屋敷(阿部屋敷)への交通アクセス・行き方ですが、カッパ淵へ行くのと同じです。
カッパ淵の川があり、その川岸にある遊歩道を挟んだ川と反対側の場所が、遠野・安倍屋敷跡となります。
訪問したのは3月末日でしたが、前日夜の雪で一部はまだ雪化粧でした。

もちろんになりますが、カッパ淵とセットでどうぞ。

遠野カッパ淵 かっぱ伝説がある常堅寺と遠野・伝承園 攻略手順
陸奥・横田城 遠野の領主である阿曽沼氏の本拠地
鱒沢城(鱒沢館) 鱒沢広勝の謀反
火渡館 火渡の石碑群と火渡館の戦い
陸奥・衣川柵(並木屋敷) 安倍頼時と安倍貞任
遠野ふるさと村 懐かしい風景が再現されている時代劇ロケの聖地

 

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