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尾張・守山城 織田家と松平家の争い 森山崩れ(守山崩れ)

尾張・守山城

尾張・守山城(もりやまじょう)は愛知県名古屋市守山区市場にある平山城で比高は15mほどになります。
平地が多い名古屋周辺では貴重な要害の地と言えるでしょう。
最初の築城は不明ですが、恐らくは織田家の支配だったとも考えられます。
1521年(大永元年)に、那古野城に入った今川氏豊が、小幡城・川村城に備えた出城として、松平信定に築城させました。





松平信定は安城の桜井城主ですが、1526年には織田信秀の妹を正室としています。
また守山城の支配が織田信秀に変わったことから、一時的に織田家に降伏していたのか、今川家を見限って内応していたのか、そのあたりになってくると思われます。
松平信定は松平宗家の松平清康(徳川家康の祖父)との関係も悪くしました。
そして、森山崩れとなります。

森山崩れ(守山崩れ)

1535年、甲斐の武田信虎が今川氏輝を攻めたころ、勢力を強めつつある織田信秀に対抗するため、松平清康は織田信光と協力して、守山城を奪還するため10000の兵を進めます。
まず小幡城に入城したようです。
しかし、松平家の家臣・ 阿部定吉(あべ-さだよし)が、織田家に内応しているとの噂が立ち、松平清康は阿部定吉を信用できなくなったようです。
その時、阿部定吉は、子の 阿部正豊(あべ-まさとよ)を呼ぶと、何かあったら無実を証明して欲しいと、松平清康宛ての誓紙を渡しました。
その翌日、松平清康の本陣で馬が暴れる騒ぎが起こります。
これを、父が成敗されたと勘違いした阿部正豊は、大手門付近にて松平清康を背後から名刀村正で斬って殺害しました。(享年25)
もちろん、阿部正豊はその場で植村氏明(上村新六郎)によって処断されています。
これが「森山崩れ」(もりやまくずれ)です。 (諸説あり)
父・阿部定吉は、責任を取ると自害しようとしましたが、松平清康の嫡男・松平広忠(10歳)は許しました。
しかし、松平勢は岡崎へ撤退し、その後、織田信秀は岡崎へと攻め込みます。
織田家に協力していた松平信定が噂を流したともされ、岡崎城を押領すると、松平広忠(徳川家康の父)を追放しました。
松平広忠は、阿部定吉の手助けを受けて、伊勢の神戸まで逃れています。

ちなみに、この阿部氏の直系子孫は、陸奥棚倉藩と備後福山藩などに分かりますが、福山城に入った阿部氏からは幕末の老中・阿部正弘を排出し徳川家を補佐しました。





織田信長の代になると、1555年、清洲織田氏(織田大和守家)の織田信友を滅ぼした織田信長は清洲城に入り、織田信光は那古野城、そして守山城には、織田信光の弟・織田信次が入りました。

しかし、1555年6月26日、織田信次が家臣を連れて龍泉寺の近くの松川渡し(庄内川)にて川狩り(魚取り)をしていたところ、1人の若者が馬に乗って通りかかります。
若者が馬から下りなったため、家来の洲賀才蔵が怒って、弓で射殺しました。
この若者は、織田信長の弟・織田秀孝であったため、織田信次はそのまま逃亡・出奔しています。

末森城主・織田信勝(織田信長の弟)が守山城に押し寄せ、守備していた重臣・角田新五らは、佐久間信盛の仲介を受けて、織田信長の異母弟・織田信時を守山城主にすることで降伏しました。
しかし、織田信時は、出奔した織田信次の旧臣を重用しなかったため、角田新五の謀反によって切腹に追い込まれ、守山城にはその後、帰参を許された織田信次が復帰しています。

1573年、浅井長政小谷城が陥落した際に、お市の方と茶々、初、江の三姉妹は、大叔父である織田信次に預けられたため、守山城に滞在していたとされます。

織田信次は、天正2年(1574年)、長島一向一揆にて討死しました。

その後、守山城は廃城となりますが、桶狭間の戦いのあと、織田信次の死後、長久手の戦いの後など、時期には諸説あり、よくわかっていません。





宝勝寺は、守山崩れで亡くなった者を供養するために創建されたそうですが、その宝勝寺の場所が守山城の本丸であったとされます。
城の遺構は空堀や土塁などが残るのみです。

名鉄瀬戸線・矢田駅から徒歩10分、JR中央本線の新守山駅より徒歩15分となります。
宝勝寺の駐車場が利用できましたが、周辺の道路は狭いですので運転にはご注意を。
当方のオリジナル地図ポイント地点で、わかるようにしてあります。

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攻略難易度
中級者向け
旧国名
尾張
著者コメント
遺構は乏しいうえによくわかりません。




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