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三河・福谷城 ~酒井忠次vs柴田勝家の舞台になった城~

福谷城




三河・福谷城(うきがい-じょう)は愛知県みよし市にある平山城です。
郷土資料等によると一帯は泥深い低湿地で「泥谷(うくがい)」と言われおり「泥(うく)」と「福(ふく)」の音が似ている事から好字の「福谷」になったと考えられています。

歴史

室町時代に尾張戸田の住人、糟谷宗則が築いたと言われていますが定かではなく、室町末期には土豪である原田氏の居城となったと言われています。
天文年間(1532年~1555年)頃、尾張で勢力を伸ばしてきた織田信秀は、三河松平氏を支配下に収めた駿河の今川義元と三河各地で激突。
織田信秀の死後、その跡を継いだ織田信長は弘治元年(1555年)清州の守護代織田信友を滅ぼして清州城を居城とし、尾張と三河国境近辺にある今川勢に対して攻勢をかけます。





弘治2年(1556年)織田信長は尾張東部の下社城を居城としている柴田勝家に対して福谷城への攻撃を命じ、柴田勝家は荒川新八郎ら千余騎を率いて福谷城の南西部に陣を敷き攻撃態勢を整えます。
これに対し城方の原田氏は岡崎城に援軍を依頼。
この戦いの少し前に駿府より岡崎に戻る事を許されていた松平元康は、酒井忠次を主将として大久保忠勝、大久保忠佐、阿部忠政、筧助太夫(正重?)、渡辺八郎右衛門、杉原八郎五郎らを援軍として福谷城へと送り込みます。

背後を山林に覆われ、台地の東西を湿地帯に挟まれていた福谷城は南側の大手から攻める他無く、柴田軍の先陣を任された早川藤六郎は城方の渡辺八郎右衛門の矢によって射斃され、柴田勝家も大久保忠勝と切結ぶ中、阿部忠政の弓と大久保忠佐の槍によって馬を倒されます。
その後も湿地帯を迂回して城の搦手からの攻撃を試みますが、酒井忠次の巧妙な指揮と果敢な反撃を受けたため、城攻めを断念して軍を引いたと言う事です。

交通アクセスと登城

推奨ルート
みよし市歴史民俗資料館→福谷城跡

公共交通機関を利用する場合、名鉄豊田線の三好ヶ丘駅から、みよし市のコミュニティバス『くろまつくん』が運行されていますが、1時間に1本程度しかありませんので注意が必要です。
なお、民俗資料館へは中部小学校のバス停、福谷城へは福谷のバス停が至近となっています。

三河・福谷城へ訪問する前に、みよし市歴史民俗資料館に立ち寄る事をお勧めします。
歴史民俗資料館は規模は小さいながら、みよし市内の遺跡の地図や福谷城の模型などが展示されており歴史に詳しい方から様々なお話を聞く事ができますので、城跡の訪問前の情報収集が可能です。





福谷城は東名三好ICの東、県道54号線沿いにある福谷ハピネスホールを目印にします。
ハピネスホール脇の四つ角に福谷城へ進む看板が立てられていますので、
看板

看板2
それに従って細い路地を上る途中、右手に福谷いこいの家がありますが、この建物を建築する際の発掘作業時に井戸と厠の遺構が発見されたようです。
上り坂の頂上部に城山保育園がありますが、ここが福谷城本郭の裏手にあたります。
保育園の前を過ぎると下り坂になり、ゆるやかに左に曲がる箇所に左手に入る路地がありますので、左折すると200m程で福谷城跡の看板がありますので、そこが登城口となります。

登城口

自家用車で訪問される場合、登城口の手前に車を停めるスペースがありますが、道路が細いため大型車の方は他の車が通れるように注意して駐車してください。

階段

丸木階段を登った先が本郭になります。※夏場は下草が多いため、訪問は秋から春先がお勧めです(写真は4月初旬撮影)本郭に入ると福谷城の看板が立てられており北側には土塁の高まりが目に付きますが、それ以外に目に付くものはありません。

土塁

登城口に戻ったら、撤収する前に坂道を下って行きます。登城口より下の道路は本郭とⅡ郭の間の堀跡で右側の削平地がⅡ郭となります。

Ⅱ郭

そのまま坂道を下って左に曲がった角地の民家が虎口の跡と伝わっていて、酒井忠次軍と柴田勝家軍最大の激戦地となったはずですが、現在は開発も進み当時の面影は残されていません。

虎口

その後の歴史と現在

福谷城攻防戦のあった4か月後に長良川の戦い斎藤道三が討死を遂げ、織田家内での家督争いから桶狭間の戦いと歴史は続き、今川家から独立した松平元康と織田信長の間に同盟が結ばれたため、福谷城は廃城になったと伝わります。
虎口の民家に隣接する福谷寺は福谷城の戦いなどで没した故人を弔うために創建された念仏道場が元になっていて、福谷城陣屋跡に建設されたと由緒書きに記されています。

福谷寺

みよし市歴史民俗資料館:愛知県みよし市三好町陣取山44-1
福谷城:愛知県みよし市福谷町市場
福谷寺:愛知県みよし市福谷町市場14

(寄稿)だい

三河・長沢城 ~松平氏と関口氏の奇妙な縁~
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だい

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愛知県在住の会社員です。
休日には県内の城巡りをしており、愛知県内にある1,300以上ある城館を全て制覇する事が当面の目標。
モットーは「どんなマイナーな土地にも歴史はある!」
愛知県出身の有名武将は数多く存在しますが、それ以上にマイナーな武将や城も多数存在しています。
そんなマイナーな武将やお城を歴史好きの皆様にご紹介できるような記事を書いて行きたいと思います。

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