広島県

安芸・草津城 毛利水軍を率いた児玉氏の本拠地 児玉就方の墓

安芸・草津城




安芸・草津城(くさつ-じょう)は、広島県西区草津にある平山城・水軍城で、標高は44m、比高36mになります。
今では埋め立てられており、面影がありませんが、かつては半島状に瀬戸内海に突き出た丘のようになっていたようです。
最初の築城は不明ですが、相模の渋谷氏が下向した地である広島の草津は、神武天皇の時代から軍津(いくさつ)や、久曽津とも呼ばれ、水軍・海運などの重要拠点でした。
朝鮮での白村江の戦いの際にも、草津から倭国の軍船が出撃(寄港)したようです。

鎌倉時代には相模・高座郡渋谷荘を本貫地とした渋谷氏の一族が、東京都渋谷区一帯も領地としていましたが、和田合戦で敗れた後、薩摩や各地の氏神としても下向を命じられています。
そのうち安芸・草津にも下向した渋谷氏(渋谷右衛門大夫または渋谷右京大夫と伝わる)がいるようで、草津八幡宮を創建したとされます。





戦国時代には、厳島神社神主家の配下である神領衆・羽仁氏の本拠地でした。
1456年には銀山城主・武田信賢が攻撃して落城し、1457年には大内氏が攻撃して落城すると、新里式部少輔が入っています。
1554年、草津城主の羽仁氏が石見・津和野に出陣している間に、毛利元就が草津城を占拠すると、児玉就方児玉就英、児玉元昌と草津城主に配置し、桜尾城、仁保城、宮尾城と陶晴賢を迎え撃つための最前線としました。
安芸・草津城(田方城)の南に位置する草津湊は、広島湾を防衛する毛利水軍の根拠地にもなり、草津は大いに賑わったとされます。
毛利氏の大名らも、瀬戸内海に船で出陣する際には、この草津から出航することが多かったと言います。





草津城へのアクセスですが、下記の地図ポイント地点が、草津城への登城口となります。

駐車場が見つからず高架橋下の広い所(交通障害にならないところ)に自己責任でちょっとクルマを止めさせて頂きました。
下記の階段を登って行きます。

草津城への登城口

福島正則広島城主となると、草津城下の山陽道に「大門」を建造して西の関所とし、草津城を破却しました。
下記は本丸からの展望ですが、すぐ横に大きなマンションがありました。

草津城からの展望

本丸跡と思われる削平地に、草津城跡の石碑・案内板が設置されています。

草津城跡

草津城主であった児玉周防の墓(児玉周防守就方の墓)は小泉家の墓所にあります。
小泉酒造でも有名な小泉家は、小早川家の一族とされています。
しかし、児玉就方の墓がある場所は、わかりにくかったです。
本丸に出たらマンションの方へ降りて行く小道を進みます。

草津城の児玉周防守就方の墓

降り切ると道が無いように見えるのですが、左の竹林に逸れる道があるので探してください。
下記の場所から児玉就方の墓へと入って行くのですが、写真の通り分かりにくいです。
恐らく6月~9月頃は草が茂っていて、道もわからないと思いますので、できる限り冬季がお勧めです。

草津城の児玉就方の墓

竹林に足を踏み込んだら、ちょっと道が下がって行く感じになります。
そのまま下がって行くと小泉家の綺麗に清掃されている墓所となるのですが、そちらには向かわず、途中山側(左手)にちょっと登る感じで進みます。

児玉周防守就方の墓

竹林に入って下がって左へ折れて登る感じで行くと下記の児玉就方(児玉就英の父)の墓にたどり着きました。

児玉就方の墓

結構、ココに車で暗い林の中をさまよい必死(決死)だったので、撮影を失念してしまいましたが、児玉就方の墓の脇にある墓は、正室の墓とされているそうです。
もと来た道を戻って帰りました。
ちなみに、児玉氏の子孫である陸軍大将・児玉源太郎の墓は、東京・多摩霊園にあります。





安芸・草津城と児玉就方の墓の観光所要時間は約15分となります。
お墓をお参りさせて頂いたあとの帰り道、ヘンな虫も飛んでいて、こんな誰も訪れる事もないであろうと考えていた草津城で、女性の方に出くわしました。
帰りの坂道を息を切らしながら登っている際に、逆光で見えなかったのですが、相手の方より「こんにちは」と声を掛けられて気がついた次第です。
今回の広島1泊2日では、草津城だけでなく、宮尾城亀居城桜尾城鎮海山城賀儀城三原城洞雲寺海蔵寺勝運寺長生寺米山寺なども訪れましたが、他の人と会う事は無かったので、大変ビックリ致しました。

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城迷人たかだ

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(株)TOLEDO、高田哲哉と申します。
20年以上戦国武将などの歴史上の人物を調査している研究家です。
日本全国に出張して城郭も取材させて頂いております。
資格は国内旅行地理検定2級、小型船舶操縦士1級など。

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