反町館(そりまち-やかた)は、群馬県太田市新田反町町にある平城で、国指定史跡「新田荘遺跡」のひとつに指定されています。
現在、反町館跡には、厄除けで有名な反町薬師(そりまちやくし)と言う真言宗の照明寺があり、現在でも敷地の周囲は、堀や土塁が残っています。
築城年代は不明ですが、鎌倉時代から南北朝時代ころに築かれたと考えられており、新田義貞が居住したとも伝われます。
新田義貞が出陣すると、大舘氏明が留守を守ったともあるため、大館氏の館跡ともされます。
また、新田義貞の子・新田義興も一時居城したと言います。
日本全国を巡っておりますと、関東から北陸などでは、新田義貞関連の史跡に出くわしますが、ここがおおもとと言えるようです。
その後、新田家は没落しており、新田一族の岩松氏が新田庄を掌握します。
下記写真は本丸跡にある反町薬師となります。
戦国時代に入り、上野・金山城主となった由良成繁の頃には、由良氏の四天王の一人、矢内四郎左衛門が近くの上野・江田館主となっていますが、反町館には野内修理亮、矢内豊後守らが入ったようです。
そして、周囲に水堀が追加されるなど、城郭が強化されました。
下記の通り、水堀の幅も大きいです。
1584年、小田原城の北条家が、上野・金山城を攻撃した際、北条氏邦が反町館を接収して対陣したようです。
反町館への交通アクセス・行き方ですが、最寄りの木崎駅から歩くと約4km、徒歩60分といったところです。
太田駅の太田市観光案内所と、世良田駅前では、太田市が無料で自転車の貸し出しも行っていますので、電車の方はレンタサイクルが便利だと存じます。
クルマの場合、反町館の本丸内部が境内駐車場となっています。
入口を当方のオリジナル地図にてポイントしておきます。
桜の時期には花見、また藤棚もあり、観光客も立ち寄るらしいです。
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新田荘遺跡として国史跡になっているのは下記の通りです。
・円福寺境内(太田市別所町)
・十二所神社境内(太田市別所町)
・総持寺境内(太田市世良田町)
・長楽寺境内(太田市世良田町)
・東照宮境内(太田市世良田町)
・明王院境内(太田市安養寺町)
・生品神社境内(太田市新田市野井町)
・反町館跡(太田市新田反町)
・江田館跡(太田市新田上江田町)
・重殿水源(太田市新田市野井町)
・矢太神水源(太田市新田大根町)
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