岐阜県

飛騨・尾崎城 塩屋秋貞における飛騨の本拠地

飛騨・尾崎城

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飛騨・尾崎城(おざき-じょう)は、岐阜県高山市丹生川町にある山城で、標高は726m、比高は76mになります。
小八賀川の南に延びた丘陵の西端が城跡で、埋蔵金「金鶏伝説」もあることから5年間発掘調査されたあと、遊具なども設置された尾崎公園として整備されています。
なお、尾崎城と申しますと、陸奥・尾崎城、相模・尾崎城、信濃・尾崎城、出雲・尾崎城(三刀屋城)もありますので、混同しないよう注意が必要です。

最初の築城は不明ですが、戦国時代より前に、火災に見舞われた痕跡もあったとのことです。
戦国時代には、塩谷秋貞(塩屋筑前守秋貞)が飛騨・尾崎城と見られ、高山から安房峠への街道の抑えを担ったようです。

飛騨・尾崎城

塩屋秋貞(しおや-あきさだ)は、1521年生まれとされます。
飛騨にて商売を行っていましたが、その使用人の人数からも勢力があり武将でもあったようで、もともとは「塩」の商いをしていたことから「塩屋」と言う屋号で呼ばれたようです。

1564年、武田信玄の命を受けた山県昌景が、飛騨・尾崎城を攻めた際に、塩屋秋貞は尾崎城から逃れて、蛤城(飛騨・古川城)に移りました。
そして、上杉謙信を頼ると、上杉氏に味方した江馬輝盛内ヶ島氏理、姉小路頼綱らを配下にして、上杉勢として富山にも出陣しています。
1571年には、越中の猿倉城を築城しています。

上杉謙信が死去すると、織田信長に従属しました。
1582年、本能寺の変のあとには、佐々成政に従っています。
その後、1583年に、越中・城生城斎藤信利と戦って討死したともされています。


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飛騨・尾崎城は、公園になっているため、車でだいぶ上の方まで上がれるそうだと言う事を帰ってから知りました。
新しい道路「中部縦貫自動車道」のトンネルが城跡の真下にできるようです。

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城迷人たかだ

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(株)TOLEDO、高田哲哉と申します。
20年以上戦国武将などの歴史上の人物を調査している研究家です。
日本全国に出張して城郭も取材させて頂いております。
資格は国内旅行地理検定2級、小型船舶操縦士1級など。

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