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越前・龍門寺城~前波吉継や不破光治が城主を務めた平城

越前・龍門寺城

越前・龍門寺城(りゅうもんじ-じょう)の築城時期や築城者は不明ですが、越前に来て朝倉義景に仕えた富田長繁が、1573年に築いたともされる平城で、福井県武生市本町にあります。

もともと、正安元年(1299年)開祖の龍門寺があった所とされますが、戦国時代には軍事拠点化されたようです。
富田長繁は1572年に、織田信長小谷城を攻めた際に、織田勢の陣に走って寝返りました。

天正元年(1573年)8月、織田信長の朝倉攻めでは織田家の本陣が置かれました。
朝倉義景が敗れて、朝倉家が滅ぼされると、桂田長俊(前波吉継)が越前守護代となり、富田長繁は越前・府中領主を命じられ龍門寺城を居城としています。





しかし、圧政に苦しむ領民は、天正2年(1574年)に総勢33000人の一向一揆となって、桂田長俊(前波吉継)を敗って家族もろとも殺害します。
この一揆を扇動していたのが、何を隠そう富田長繁で、鳥羽野城の魚住景固と次男・魚住彦四郎を龍門寺城に招いた際には、朝食の席でこのふたりを暗殺しました。
その翌日には、長男・魚住彦三郎も討ち取り、魚住家を滅亡させましたが、大義の無い抹殺だったようです。

こうして、越前一国を手に入れた富田長繁でしたが、越前守護の朱印状を織田信長に要求した他、また領民は悪政に苦しまれたため、天正3年(1575年)に一向一揆は七里頼周を担ぎ14万にて蜂起します。
平泉寺で土橋信鏡(朝倉景鏡)も討ち取られ、龍門寺城は一向宗徒に包囲されるのですが、一度は奇跡的に勝利しましたが、最終的には家臣の小林吉隆(小林三郎次郎吉隆)に裏切られて、富田長繁は討死にしました。

龍門寺城

その後、長篠の戦い武田勝頼を破った織田信長は、1575年に大軍を派遣します。
織田勢の武将は佐久間信盛柴田勝家滝川一益、羽柴秀吉、明智光秀丹羽長秀佐々成政前田利家、簗田広正、細川藤孝塙直政、蜂屋頼隆、荒木村重稲葉良通稲葉一鉄)・稲葉貞通、氏家直昌、安藤守就磯野員昌阿閉貞征・阿閉貞大、不破光治不破直光、武藤舜秀、神戸信孝、津田信澄織田信包北畠信雄らと、そうそうたるメンバーです。

このとき、一向一揆衆では、三宅権丞が府中・竜門寺城を固めましたが、織田信長は竜門寺城に夜襲を掛け、他の一向一揆も平定し、北庄城に柴田勝家を配置しました。
また、柴田勝家の与力として、越前・府中には府中三人衆(ふちゅうさんにんしゅう)を任命します。
そうですね。
不破光治・佐々成政・前田利家の3人です。

すぐ近くの越前・府中城には前田利家、小丸城に佐々成政、そして、この龍門寺城には不破光治が入り、3人合計で10万石を領しました。
当初、それぞれの支配領域は明確ではなく、約3万3000石を平等に与えられていたようですが、1576年には所領が確定したようです。

天正8年(1580年)に不破光治が没すると、不破直光が家督を相続しています。
しかし、1582年、本能寺の変で明智光秀に敗れて織田信長が横死し、賤ヶ岳の戦いのあと、不破家は前田利家に仕え、家臣となりました。

そのため、龍門寺城は使われなくなったようで、豊臣秀吉によって越前・府中12万石とにった木村重茲が、再び龍門寺を再建し、現在に至っています。





龍門寺の山門前に、案内板と城跡碑が立てられていますが、この龍門寺がある本町全体が龍門寺城の城域だったようだで、北陸道沿いにあたります。

遺構は乏しいですが、南にある妙高寺との間には、一段低い窪みに墓地があり、かつて堀であったことが伺えます。

龍門寺への行き方・アクセスですが、JR北陸本線の武生駅から約920m、徒歩12分です。
駐車場は、山門前の龍門寺駐車場を拝借できます。
当方のオリジナル地図にて場所がわかるようにしてあります。
ただし、越前はどこもそうですが、辿り着くまでの道が、かなり狭いのでご注意願います。

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越前
旧国名
中級者向け
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明確な遺構は残されていませんが、戦国時代には重要な軍事拠点でした。




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