京都府

丹後・八幡山城 細川氏が入った最初の本拠地

丹後・八幡山城

丹後・八幡山城(はちまんやま-じょう)は、一色氏の重臣として御檀家帳に「国の御奉行」小倉殿(小倉氏)とあり、細川藤孝が改修した城で、石垣がある山城としては丹後唯一の山城となります。
別名は猪の岡城で、標高165m、比高い155mとなかなか堅固です。

最初の築城年代は不明ですが、丹後・八幡山城主としては、一色五郎満信(一色義定)とされます。

一色氏の本拠地・建部山城の一色左京大夫義道の子が、一色義定(いっしき-よしさだ)となります。
1579年に、細川藤孝が建部山城を攻撃すると、父・一色義道は、逃れる途中に、丹後・中山城で自刃して果てました。
そのため、丹後・八幡山城の一色義定は家督を継ぎ、天橋立がある弓木城へ退いて、細川氏と互角の戦いをすると和睦しました。





そのとき、丹後の半分を領することになった細川藤孝と細川忠興が、最初に入ったのが、この丹後・八幡山城と言う事になります。
山頂の主郭部に石垣が用いられています。

ただし、すぐに、織田信長の許可を得て宮津城を築城しましたので、仮の城が八幡山城であったと言う事になります。
宮津城も完成すると、今度は田辺城を築城し、細川家の本拠地は田辺城となりました。

登城する場合には、八幡神社の参道入口に無料駐車場と案内板が設置されているそうです。
そして、本殿の右手裏手の先に登城口があります。
本丸からは宮津湾と天橋立もよく見えると言います。

上宮津城や宮津城とセットでどうぞ。

宮津城 丹後の中心地と細川ガラシャも暮らした大久保山城
弓木城 一色義定や一色義清の最後と鉄砲の名手である稲富祐直
上宮津城 盛林寺にある明智光秀の首塚も
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細川忠興~文武両道の名将として戦国の世を・・
細川幽斎(細川藤孝)~断固たる態度を取った戦国大名
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この史跡への皆様の評価→
攻略難易度
中級者向け
旧国名
丹後
著者コメント
登城する場合には軽登山の装備で。

 

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