宮崎県

日向・塩見城~争いに翻弄された日向三城のひとつ

塩見城

日向・塩見城(しおみ-じょう)は、南北朝時代に土持氏が築いたと伝わります。
日知屋城門川城と共に「日向三城」と呼ばれた重要な山城でした。
標高は60m、比高は20mとなります。

日向・塩見城

1457年に伊東氏が財部土持氏を滅ぼしたあと、戦国時代の塩見城主は右松四郎左衛門尉で、都於郡城主・伊東祐重の弟が先祖であるとされます。
右松四郎左衛門は伊東義祐佐土原城から豊後に逃亡した伊東崩れのあとも、門川城主の米良四郎右衛門尉、山陰城主の米良喜内とともに大友宗麟の軍勢に加わり、縣城土持親成を攻めています。

日向・塩見城

しかし、1578年の高城の戦い(耳川の戦い)にて討死しました。
右松四郎左衛門は、島津家に降伏した際に、子の右松次郎三郎を鹿児島に人質に差し出していました。
その右松次郎三郎は薩摩から脱走を図り、佐土原城までたどり着きましたが、そこで裏切られて鹿児島に戻されると誅殺されたともあります。

下記は、日向・塩見城の本丸への入口です。

日向・塩見城

島津領になった後は吉利忠澄・吉利忠張が塩見城に入りました。
豊臣秀吉の九州攻めのあと、松尾城に入った高橋元種の延岡藩領となり、元和元年(1615年)に廃城となりました。
最近、建立されたとみられる慰霊碑もありました。

日向・塩見城

現在、城址公園となっています。
しかし、放置されているようで、荒れ放題となっていますが、冬場でしたのでなんとか見学はできました。

日向・塩見城

もともとは、地元の区長会の皆様が、率先して塩見城の保護に乗り出したと言いますので、市の方で予算をつけてもう少し整備できないのでしょうかね?
もし、塩見城に登城される場合には、城山墓園を越えた水月寺の西側から登り口があります。

日向・塩見城

登り口からは軽自動車向けの細い道ですが、小型車であれば入って行き、二の丸部分に2台ほどの駐車スペースもあります。
運転に自信が無い方は、水月寺さんの駐車場にクルマを止めて歩いて行きましょう。
水月寺さんから歩いて見学するとして、所要20分くらいです。
交通アクセスなどは当方のオリジナル九州地図をご参照願います。

伊東義祐~日向から南九州の覇権を争うも伊東崩れで没落
伊東祐邑と日知屋城~キレイな海に囲まれた堅城と鵜戸神社
伊東祐兵~所領を失うも巧みに戦国を生き抜き3万6000石にて復活
日向・松尾城(縣城)~日向の延岡にて勢力を誇った土持氏最後の本拠
都於郡城~伊東家の本拠として素晴らしい大規模な山城
佐土原城~伊東家の本拠としても栄華を誇り天守もあった山城
土持親成~死しても家を残すことに成功した名君
3分でわかる高橋元種~延岡城を築いた初代の延岡藩主
九州の史跡や城跡もバッチシわかるナビ代わりの地図

 

この記事が気に入ったら
いいね!しよう

最新情報をお届けします

Twitter でフォローしよう!

0
この史跡への皆様の評価→
攻略難易度
中級者向け
旧国名
日向
著者コメント
本丸までは道はハッキリとしており、一応は公園化されています。




皆様からのクチコミ情報

  • トラックバックは利用できません。

  • コメント (0)

  1. この記事へのコメントはありません。

CAPTCHA


関連記事

  1. 都於郡城 都於郡城(とのこおりじょう)~伊東家の本拠として素晴らしい大規模…
  2. 日向・井上城 日向・井上城~懸土持氏にとっては最初の本拠地
  3. 野々美谷城 野々美谷城~伊東尹祐が野々美谷城の戦いにて陣中で没する
  4. 穆佐城 穆佐城(穆佐院高城)~日向守護になった畠山直顕の拠点
  5. 日知屋城 伊東祐邑と日知屋城~キレイな海に囲まれた堅城と鵜戸神社
  6. 佐土原城 佐土原城(さどわら)~伊東家の本拠としても栄華を誇り天守もあった…
  7. 清武城~稲津重政と妻・雪絵15歳の死
  8. 門川城 門川城と米良四郎右衛門(米良祐次)

都道府県別

ピックアップ記事

  1. 因島水軍城
  2. 三星城
  3. 多気山城(多気城)
  4. 甘崎城(天崎城)
  5. 撫養城
  6. 扇谷上杉家糟屋館
  7. 海老ヶ島城
  8. 土佐・中村城
  9. 獅子ヶ谷城
  10. 荻町城

只今人気のお城

城めぐり 2100城超えました

城めぐり
PAGE TOP