神奈川県

相模・土肥城の解説~北条氏が整備した湯河原の山城

土肥城




土肥城とは

相模・土肥城(どいじょう)は、神奈川県足柄下郡湯河原町城堀にある山城で、標高は565m、比高は180m以上となる、大変堅固な山城です。
伊豆の土肥(とい)と申しますと、石伊豆にある土肥のことだと、お思いになる方が大半かと存じます。
しかし、古い土肥(どい)は、東伊豆と言うより、神奈川県でして、現在の湯河原町は、明治時代まで土肥村と呼ばれていました。
平安時代末期には、中村党が進出しており、土肥氏として土肥実平の本拠地となっていました。
そのため、最初の築城は、平安時代末期で、土肥実平とされます。
ただし、鎌倉時代に、こんな山城を本格的に使用するとは考えにくいです。

土肥城

実際に土肥実平の舘は、麓にある湯河原駅のロータリーが、土肥氏館跡とされます。
その土肥氏館から歩いて登ると2時間以上必要な土肥城付近には、当然、民家もない次第です。
土肥実平も、健康のために、登山したかも知れませんが、砦として使用したのかは、疑問が大きく残ります。





ただし、戦国時代には、小田原城の北条氏が、烽火台として、真鶴・荒井城と共に、整備した可能性はあるでしょう。
山頂からは、真鶴半島、相模湾、晴れていれば、房総半島、伊豆半島、大島、初島などが一望できるため、現在でもハイキングコースとして人気な場所です。
そのため、1590年、豊臣秀吉小田原攻めが迫ると、小田原城防衛のため、多少、改修した可能性も捨てきれません。
ただし、土肥城が戦闘に巻き込まれたと言う記録はなく、小田原を攻める九鬼水軍も、伊豆・下田城を落としたあと、そのまま小田原沖へと、目の前を通っていったと考えられます。





土肥城には、何年も前から、1度訪問したいと考えているのですが、なかなか、チャンスに恵まれません。
土肥城の比高は、湯河原駅と比較しますと、比高530mもありますので、基本的には、登りたくない山城です。
しかし、標高590mの椿台に20台ほどの駐車スペースがあり、そこからですと、若干、下るような感じ、徒歩30分ほどで、行けるのでラクラクなのです。
そのため、いつかはと望んでいますが、今回、しとどの窟を訪問した際に、土肥城を撮影できましたので、歴史紹介として掲載させて頂きました。

交通アクセス

湯河原・土肥城への行き方ですが、東海道本線の湯河原駅から、伊豆箱根バスの元箱根行きに乗車して、カーブの多い山道を登ること所要40分、しとどの窟バス停下車して、城山ハイキングコースを進み、徒歩30分となります。
バスは一方通行と申しましょうか?、元箱根行きだけでして、湯河原駅方面のバスはありません。
なお、運転手不足で、箱根登山バスは廃止となったようです。
また、共同運行だった伊豆箱根バス(湯河原箱根線)も長期「運休」となっておりまして、執筆時点では、バスが走っていませんので、最新情報をご確認願います。

クルマの場合、しとどの窟の入口になる、椿台(しとどの窟バス停)に、駐車スペースと、トイレがあり、ハイキングコースを進み、徒歩30分となります。

ただ、到着するまで、カーブは多いので、クルマに酔いやすい方がいる場合には「酔い止め」を。
繰り返しの案内になりますが、椿台のレストハウス(売店がある訳ではない)付近に、トイレと駐車スペースがあり、土肥城や、幕山への登山口になっています。

徒歩で向かう場合には、地図対策をしっかり行い、湯河原駅から、裏山の方向に伸びる、ミカン畑用の狭い舗装路をテクテク、歩いて登ると良いかと存じます。
所要時間、1時間30分~2時間くらいです。
その東側のミカン畑の舗装路がなっていますが、駐車場はありません。





お時間と体力があれば、しとどの窟、湯河原駅前には土肥氏館跡もあります。
また、城願寺もございますので、セットでどうぞ。

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城迷人たかだ

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(株)TOLEDO、高田哲哉と申します。
20年以上戦国武将などの歴史上の人物を調査している研究家です。
日本全国に出張して城郭も取材させて頂いております。
資格は国内旅行地理検定2級、小型船舶操縦士1級など。

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