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下総・志津城の解説~志津胤氏と最後に奮戦した妻

下総・志津城




下総・志津城とは

下総・志津城 (しず-じょう)は、千葉県佐倉市上志津にある比高15mほどの丘城です。
最初の築城は不明ですが、鎌倉時代後期には、下総・臼井城主である臼井祐胤(うすい-すけたね)の弟である志津胤氏(志津次郎胤氏)が城主でした。
臼井氏は、平安時代後期に千葉氏から分かれた、千葉一族としては一番古い部類となります。
恐らく、志津胤氏は、父・臼井昌胤から領地を分けてもらったのでしょう。
城址の下に、下記のような池ものこっていますので、かつては、沼地に飛び出ていた丘の先端に築かれていたのでしょう。

下総・志津城

志津氏は下志津の報恩寺を創建したと伝わります。

志津胤氏の反乱

鎌倉時代の末期である1314年、下総・臼井城の兄・臼井祐胤(臼井太郎祐胤)が、25歳の若さで亡くなります。
このとき、遺児・竹若丸(3歳)の後見を、弟で志津城主の志津胤氏が託されました。
しかし、志津胤氏(志津次郎胤氏)は下総・臼井城を乗っ取ろうとして、竹若丸を殺害する計画を立てたようです。





この動きを察知した乳母の阿辰(阿多津)が、一族の岩戸城主・岩戸胤安に相談すると、岩戸胤安は修験者に身を変えて、下総・臼井城に忍び込みました。
そして「笈」のなかに竹若丸を隠して救出すると、印旛沼の対岸にある居城・岩戸城にて戻りました。
こうして、岩戸五郎胤安の手により、竹若丸は鎌倉・建長寺へ預けられて養育を受けました。
このことを知った志津胤氏は、阿辰(阿多津)を追跡すると殺害し、岩戸胤安・岩戸胤親父子の下総・岩戸城攻撃して陥落させています。
そして、志津胤氏は、臼井領を押領し、実力者となりました。

下総・志津城

しかし、鎌倉に逃れていた竹若丸は成長して元服すると、臼井行胤(うすい-おきたね)と称し、自分が正統な臼井氏の惣領であることを、執権・北条貞時に訴えました。
ところが、退けられたため、臼井行胤は、北条家打倒にて、新田義貞の鎌倉攻めにも加わり、その後、足利尊氏に従うと武功を挙げています。
この結果、臼井行胤のほうが、宗家と認められ、1338年、足利氏の意向を受けた千葉介貞胤(千葉氏12代当主)の命にて、志津胤氏は臼井城を臼井行胤に明け渡して志津城に戻りました。
その後、志津胤氏は、本家に、無礼な態度を取り続けたようで、臼井行胤(臼井興胤)は、討伐を画策します。

下総・志津城

1340年、臼井行胤(臼井興胤)は、臼井城の堀工事のため、志津城の兵をたくさん臼井に呼び寄せ、その隙に、志津城を奇襲攻撃しました。
少ない兵しかいなかった志津城は、たちまち陥落の危機となり、志津胤氏の妻は「潔く自刃してください、私も後を追います」と言い、志津胤氏を自刃させたと伝わります。
志津胤氏の妻は、志津胤氏の遺骸を始末したのちも、自ら長刀を振るって勇戦したと伝わります。
そして、最後は屋敷に火をかけ、自決し、志津氏は滅亡しました。

下総・志津城

その志津氏の子孫は、もちろん、生き延びたようでして、近隣では志津家がいくつか存続しているようです。
下総・志津城は、南北朝時代前半で破却されたためか、城域はよくわかっていませんが、天御中主神社に多少の遺構が残っています。
なお、志津氏の居城は、下志津にある志津大口館とする説もあるようですが、そちらはあとになって造営された可能性もあるでしょう。





交通アクセス

下総・志津城跡となる天御中主神社への交通アクセス・行き方ですが、京成電鉄本線・志津駅より徒歩約13分となります。
天御中主神社の入口(南側)の鳥居があるところに、クルマ2台ほどを止められるスペースがありました。
なお、北側の道路は、軽自動車が通れるくらいの道幅で狭いため、南側からアプローチすることを、強くお勧め致します。

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(株)TOLEDO、高田哲哉と申します。
20年以上戦国武将などの歴史上の人物を調査している研究家です。
日本全国に出張して城郭も取材させて頂いております。
資格は国内旅行地理検定2級、小型船舶操縦士1級など。

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