愛知県

三河・藤井城 ~藤の花のような清水~

藤井城の看板




三河・藤井城(ふじい-じょう)は愛知県安城市にあった平城です。
北東から南西に向けて流れる矢作川北岸、標高5m~15m程の碧海段丘先端部に位置し、近隣には海岸線が後退を始めたとされる縄文時代後期からの遺跡が多数存在しており、各地で土器等の出土品を見る事もできます。

歴史

藤井の名前の由来は、碧海台地の南端にある関析谷(かいせきだに)の奥に澄んだ綺麗な清水が湧き出し、藤の花のようだった事から「藤井」と呼ばれるようになり、桜井・古井・浅井と並んで三河四井に数えられました。
藤井戸の看板

その後、矢作川両岸には幾つもの集落ができ、13世紀初頭には親鸞門侶の慶円が藤井部落のすぐ北側にある野寺に本證寺(ほんしょうじ)を開創し、藤井地区は門前地としての役割も果たしていきます。





15世紀に入ると在地領主の争いが激化して行くのと並んで、浄土真宗本願寺派の寺院が在地領主と民衆を取り込み、本證寺と佐々木の上宮寺、針崎の勝鬘寺(しょうまんじ)の三河三箇寺に加え、土呂の本宗寺が大きな力を持つ事になっていきます。

同時期に岩津城松平信光(まつだいら-のぶみつ)が額田郡一揆をきっかけとして勢力を拡大。応仁の乱の最中には安翔城を落城させ、三男の松平親忠(まつだいら-ちかただ)を安翔城へ入れます。
永正5年(1508年)今川氏親(いまがわ-うじちか)の命により伊勢宗瑞(後の北条早雲)率いる今川軍が松平氏の本拠である岩津城を攻撃。これに対し松平勢は安翔松平家二代目の松平長親(まつだいら-ながちか)率いる軍勢が援軍として現れ今川軍の撃退に成功しますが、岩津勢の消耗は激しく安翔松平家が岩津松平家に代わり惣領の立場になっていきました。
松平長親の兄弟や息子らは桜井、福釜、東条、矢田など主に安翔城の周囲に多く分家として配されて行く中、五男の松平利長(まつだいら-としなが)は東条吉良家に属する荒川城の対岸に位置する藤井の地に城を築き藤井松平家を興す事になります。

交通アクセスと登城

推奨ルート
本證寺→藤井戸跡→藤井城(→木戸城)

公共交通機関で訪問する場合は名鉄西尾線の南桜井駅を下車し、ロータリーを南東へ進み県道294号線に出ると県道沿いに本證寺が建っています。
(南桜井駅から本證寺まで徒歩約15分)
本證寺は浄土真宗の寺院とは言いながら周囲を二重の堀と土塁に囲まれた城郭寺院と呼ばれる物で、内堀と土塁の一部は寺院の内部に現存しています。
また、本堂や鐘楼などの建物は文化財として登録されていますので一見の価値はあります。

本證寺経蔵と鐘楼
手前の建物は経蔵、奥に鐘楼。右側に堀が映っています。

本證寺の土塁
土塁の一部 ※注:土塁部分は通常は公開されていません。

本證寺を出て県道294号線を南下し鹿乗川を渡ると、道路の東側に藤井戸跡の碑が立っています。
(本證寺から藤井戸跡まで徒歩約5分)
藤井戸の碑

さらに県道294号線を南下し、藤井町南の信号交差点を東方向に左折し、1本目の路地を左折(北に戻る形になります)した後、最初の路地(安正寺の山門が見えてきたら右側に路地があります)を右に曲がると藤井秋葉神社の境内に藤井城の城址碑と看板が立てられています。
藤井城城址碑
(藤井戸跡から藤井城跡まで徒歩約10分)

近隣の木戸城は犬山城主であった成瀬氏のご先祖様である成瀬直庸(なるせ-なおつね)が築いた城です。
藤井城に入ってきた路地を真っすぐ進むと矢作川に出ますので、階段を登り堤防沿いに東へと進むと木戸城跡に建つ春日神社に出ます。
木戸城
境内には城の案内看板と堀跡と伝わる掘り下げた地が現存しています。藤井城からは徒歩10分程ですので、時間のある方は一緒に訪問する事をお勧めします。

その後の歴史と現在

藤井城を築いた松平利長は、父の松平長親と安翔松平家の跡を継ぎ宗家7代目となった兄の松平信忠(まつだいら-のぶただ)8代目の松平清康(まつだいら-きよやす)宗家9代松平広忠(まつだいら-ひろただ)に臣従し、天文9年(1540年)に織田信秀(おだ-のぶひで)が攻め込んで来た際には援軍として安翔城へ急行し、織田軍を撃退しました。その後は松平元康(後の徳川家康)にも仕え、桶狭間の戦いの際に戦死したと言われています(生存説も有)

藤井松平家の二代目である松平信一(まつだいら-のぶかず)も若い頃から猛将として名を馳せ、永禄元年(1558年)桶狭間の戦いの前に行われた品野城攻めでは織田方の将士50余名を討ち取り、清州同盟が結ばれた後は織田信長への援軍として箕作城攻めの際、本丸へ一番則を果たす戦功を挙げて織田信長に称賛されます。

天正18年(1590年)徳川家康が関東へ移封された際に関東へ同行し、下総国に5,000石を与えられ藤井城は廃城となりました。
その後、子孫は大名となり幕末の老中である松平忠固(まつだいら-ただかた)らを輩出しています。





廃城となった藤井城一帯を回りましたが、宅地化も進み、遺構と呼べる物は残念ながら残されていないようです。

本證寺
安城市野寺町野寺26

藤井戸跡
安城市藤井町北山 県道294号線沿い

藤井城跡(藤井秋葉神社)
安城市藤井町本郷

木戸城(春日神社)
安城市木戸町東屋敷

(寄稿)だい

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だい

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愛知県在住の会社員です。
休日には県内の城巡りをしており、愛知県内にある1,300以上ある城館を全て制覇する事が当面の目標。
モットーは「どんなマイナーな土地にも歴史はある!」
愛知県出身の有名武将は数多く存在しますが、それ以上にマイナーな武将や城も多数存在しています。
そんなマイナーな武将やお城を歴史好きの皆様にご紹介できるような記事を書いて行きたいと思います。

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