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妻籠城の解説 妻籠城の戦い 山村良勝

妻籠城

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妻籠城とは

妻籠城(つまご-じょう)は、長野県木曽郡南木曽町吾妻にある山城で木曽川に面しています。
標高は521m、比高は150mほどの要害です。
中山道の抑えであり、のち江戸時代に整備された妻籠宿の北にあります。
主郭・二の郭・空堀・帯曲輪をそなえた規模の大きい山城となっています。


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最初の築城は不明ですが、室町時代の中頃までは馬籠・遠山氏の所領となっていました。
ただし、妻籠城は遠山十八支城に含まれないため、城があったかは定かではありません。
1473年には、小笠原家長と木曾家豊が伊那谷と木曽谷から遠山荘に侵攻して、木曽谷は木曽氏が統一しました。
その後、甲斐の武田信玄が信濃に勢力を伸ばすと、天文24年(1555年)に木曽福島城木曾義康は武田氏に降伏し、遠山氏も武田家の傘下に入っています。

武田勝頼織田信長の軍勢に敗れると、本能寺の変を経て、1584年、小牧・長久手の戦いの際に、徳川勢である信濃・飯田城菅沼定利高遠城の保科正直、諏訪の諏訪頼忠ら7000が、隣の馬籠城を攻撃しました。

この時、妻籠城を守備したのは、木曽氏の家臣である山村良利と子の山村良候(やまむら-よしとき)と、その子の山村良勝(やまむら-よしかつ)になります。
山村氏は、1555年に、木曾義康が甲斐の武田信玄に降伏してから、武田家に重用された武将であり、武田家より美濃の安弘見・千旦林・茄子川に600貫を与えられていました。
山村良候の正室は、千村重政の娘です。
その子、山村良勝の正室は、飯羽間城主である遠山友忠の娘です。

妻籠城

1582年、武田勝頼も織田勢の攻撃を受けて滅亡し、本能寺の変を経て、前述のとおり、1584年に、小牧・長久手の戦いの際に、小笠原貞慶を鳥居峠にて撃退した木曽勢でしたが、更に攻撃を受けた馬籠城の島崎重通は、妻籠城に退却しました。
そのため、菅沼定利、保科正直、諏訪頼忠ら7000は、700が守る妻籠城にも押し寄せ「妻籠城の戦い」となっています。
この時、山村良利・山村良候・山村良勝と中関大隅守、島崎重通は、籠城しました。
竹中小左衛門が、鉄砲の火薬などを補給すると言う活躍もあり、豊臣勢で、美濃・近在城の森忠政が加勢にすると言う情報を得た徳川勢は、挟み撃ちになるのを恐れて撤退しています。

妻籠城

その後、木曾氏を含めた信濃の諸将は、徳川家康の傘下に組み込まれました。
そして、1590年、豊臣秀吉小田原攻めにて、徳川家康が江戸城に移ると、木曾義昌は、1万石にて千葉の芦戸城に移ります。
このとき、山村氏も、木曽氏に従って、千葉に移りました。
しかし、木曽義利が不行状により改易されると、山村氏は徳川家康の家臣に加わっています。

1600年、関ヶ原の戦いの際には、中山道を進んで上田城の戦いなどで遅延していた、徳川秀忠は、9月17日も妻籠城にて東軍勝利の知らせを聞きました。
この時に妻籠城は改修されたようです。

妻籠城

一方で、山村良勝は、徳川勢として犬山城攻めにて武功を挙げ、1万6200石の大名となりました。
尾張藩の木曾衆として、木曽福島城の麓に山村代官屋敷を置き、木曽谷の統治を行っています。

1615年、大坂の陣の際には、馬場半左衛門など11名が妻籠城を守りましたが、元和二年(1616)に廃城となっています。


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妻籠城は、登山道もしっかり整備されていて、スニーカーでも登りやすいようですが、訪れた日は本降りの雨でしたので、登城は控えました。
本丸からの展望もよく、妻籠宿を一望できるようです。
登城口から本丸までの所要時間は片道10分ほどのようです。
妻籠城の資料は、妻籠宿の脇本陣にある資料館にて、少し展示されていました。

妻籠城への行き方ですが、場所などは、当方のオリジナル地図「名古屋・北陸方面」にてポイントしている。
オリジナル地図「名古屋・北陸」方面
スマホ画面などで表示して「検索窓」から検索して、カーナビ設定することでも使用可能。(徒歩ナビとしても可能)

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高田哲哉と申します。
20年以上戦国武将などの歴史上の人物を調査している研究家です。
日本全国に出張して城郭も取材させて頂いております。
資格は国内旅行地理検定2級、小型船舶操縦士1級など。

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