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信濃・小丸山城(八沢城)の解説~木曽氏11代・木曽親豊が築城

信濃・小丸山城

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信濃・小丸山城

信濃・小丸山城(こまるやまじょう)は、長野県木曽郡木曽町福島の河岸段丘先端にある平山城(丘城)。
別名は、八沢城、木曽小丸山城と言う。

通常、小丸山城と申しますと、前田利家七尾城から本拠地を移した、能登の小丸山城のイメージが強いため、ここでは木曽の小丸山城であることを念のためご確認申し上げたい。

最初の築城は、応永年間(1394年~1428年)に須原城主・木曽親豊が築いたとされる。
木曽氏11代・木曽親豊は、木曽谷全域を支配下に収めたようで、1400年、須原(すはら)は湧き水が豊かな場所である須原~原野の間に道路を切り開いた。
また、須原の定勝寺(じょうしょうじ)は、1430年、木曽親豊の建立ともされる。


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なお、木曽親豊を須原城主としているが、須原のどこに屋敷があったのかは定かでは無いようだ。
この理由としては、定勝寺じたい木曾川の氾濫で少なくとも3回流されているため、洪水で土地が変化してしまったり、建物が流れているため、どこにあったのか?、わからないと言える。
1430年に定勝寺を建立したのも、流されたしまったためだったのかも知れない。

ちなみに、木曽氏17代・木曽義在の館跡(須原城)は、須原にある現在の定勝寺の場所(定勝寺館)とされる。

なお、1407年、信濃・小丸山城(八沢城)に嫡男・木曽信道を入れて、孫・木曽義元は信濃・小丸山城にいたと言う。
更に、須原の定勝寺(じょうしょうじ)は、1430年、木曽親豊の建立ともされるため、木曽氏の本拠が信濃・小丸山城に変わった可能性もある。
福島の興禅寺は、1434年に木曽信道が再興した。
いずれにせよ、戦国時代まで、木曽氏は本拠を須原城と木曽福島のどちらかにしたり、両方にしたりを繰り返したようだ。

その後、戦国時代に入ると、1509年、須原城にいた木曽義在が八沢川の対岸側の丘に、上之段城を築いて、須原城と上之段城をダブル本拠にしたともある。
このとき、古い信濃・小丸山城(八沢城)は、上之段城の支城扱いになった。
1555年、武田信玄の軍勢が奈良井宿から鳥居峠を越えて木曽に侵攻した際には、木曽義在の子・木曽義康は上之段城に、木曽義康の子・木曽義昌は八沢城にて籠城したともある。
しかし、決戦前に木曽氏は武田家に降伏したため、木曽福島が戦場になることはなかったようだ。

この前後に、詰城として木曽福島城を整備開始したようだが、通常の本拠は新しい上之段城と言う事になる。

1584年、小牧・長久手の戦いのとき、木曽義昌は徳川家から豊臣秀吉に転じた。
そのため、松本城小笠原貞慶と、伊那の菅沼定利が、徳川家康の命で木曽へ侵攻し、上之段城が焼き払われたとある。
しかし、この時の小丸山城の動向は不明である。


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信濃・小丸山城(八沢城)の城跡は、二の丸が木曽青峰高校の場所になっている。
また、木曽福島駅は三の丸に造営されたようだ。
城主の屋敷は、低いところである三の丸付近にあったと考えて良いだろう。
その二の丸と三の丸の間に、ちょっとだけ小高い丘がありNHK電波塔が立っている場所が本丸と思われるものの土地は改変されてしまっている。

信濃・小丸山城

主郭は立入禁止でもあり、道が狭めで駐車できる場所がなかったため、降りての散策は断念した。
また、平日だったと言う事もあり、高校側を撮影するのは自粛した。

木曽氏と言えば、平安時代末期の木曽義仲(源義仲)であるが、木曽義仲は埼玉県の武蔵・大蔵館の生まれである。
生まれた翌年に、父・源義賢が大蔵合戦で討死したため、斎藤実盛によって木曽の中原兼遠に預けられた。
中原兼遠の屋敷は、木曾福島から北に約5kmの地点であるため、木曽福島にできた最初の城は、信濃・小丸山城と言えるだろう。

交通アクセス

JR中央本線「木曽福島駅」から約1km、徒歩15分。
信濃・小丸山城の場所などは、当方のオリジナル地図「名古屋・北陸方面」にてポイントしている。
オリジナル地図「名古屋・北陸」方面
スマホ画面などで表示して「検索窓」から検索して、カーナビ設定することでも使用可能。(徒歩ナビとしても可能)

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高田哲哉と申します。
20年以上戦国武将などの歴史上の人物を調査している研究家です。
日本全国に出張して城郭も取材させて頂いております。
資格は国内旅行地理検定2級、小型船舶操縦士1級など。

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