和歌山県

紀伊・湯浅城 地元の方が整備している歴史ある山城

紀伊・湯浅城

紀伊・湯浅城(ゆあさ-じょう)は、和歌山県有田郡湯浅町青木にある標高78m、比高70mの山城です。
平安時代の末期、1443年に、湯浅宗重が青木山に築城し、広保山城(方寸峠城、岩崎谷城)から本拠を移しました。
湯浅氏は、藤原北家秀郷流と貴族の出であり、湯浅荘を得て移ったと考えられます。
湯浅宗重(ゆあさ-むねしげ)は、紀伊国では最大の武士団になっており、兵30騎にて、熊野詣でから帰る平清盛に加勢し、1160年、平治の乱では平氏として戦いました。
平清盛が1181年に亡くなり、平家は滅亡への一途をたどり、1185年、屋島の戦いで敗れた平忠房が、平家の残党500を率いて湯浅宗重を頼っています。
そして、壇ノ浦の戦いで平家一門が滅亡すると、藤原景清ら平家の残党も平忠房に合流したため、源頼朝は阿波成長の軍勢を派遣しました。





このとき、湯浅宗重は守りが強固な紀伊・岩室城に3ヶ月間籠城して対抗したありますが、平忠房と立て籠もったのは湯浅城ともされます。
降伏した平忠房は、鎌倉に連行されたあと、一度は許されましたが、京に戻る途中、近江で殺害されました。
湯浅宗重は許されており、なんと、所領も安堵されています。
湯浅宗重のあとは、庶子でありながらその才覚を父に認められた、湯浅宗親(ゆあさ-むねちか)が家督を継ぎ、湯浅党を率いて勢力を拡大させています。

紀伊・湯浅城

南北朝時代には、1331年に、湯浅宗藤(ゆあさ-むねふじ)なる武将が、幕命を受けて、楠木正成の上赤坂城を攻撃もしました。
湯浅宗藤はのちに南朝方に転じ、楠木正成に従って摂津・河内にて幕府軍と戦い南朝方となりました。
そのため、1379年、北朝方の山名義理が和泉・土丸城を落とした勢いで、紀伊まで乱入すると、湯浅城も攻めて落とし、湯浅氏は滅亡したようです。

紀伊・湯浅城

その後、1392年に大内義弘が紀伊に入ると山名義理を降伏させて、紀伊守護にもなりました。
その大内義弘のあと、1400年に畠山基国が紀伊守護になると、海南市の紀伊・大野城を本拠とします。
このとき、紀伊・岩室城には、弟・畠山満国に与えられて有田に入っています。

なお、紀伊・湯浅城には、湯浅掃部助と楠木正成の残党・楠木正秀が後村上天皇の孫である義有王を奉じて、湯浅城に籠っていたようで対立しました。

紀伊・湯浅城

また、1401年、紀伊守護・畠山基国は、湯浅城のすぐ南側になる紀伊・広城(紀伊・名島城)を新たな本拠にして、紀伊・大野城には2男の畠山満則を残して包囲します。
しかし、堅固な湯浅城だったようで、なかなか攻めあぐれましたが、1447年に畠山氏が紀伊・湯浅城を3回攻めて、ようやく陥落させました。

義有王は、ゆかんどの森まで逃れたところで自刃したともされています。
※畠山持国・細川勝元らが紀伊・阿瀬川城を攻めて、義有王と楠木正秀は討死したともあります。

なお、紀伊・湯浅城の北側に、宿泊旅館の国民宿舎湯浅城があります。


湯浅温泉 湯浅城

宿泊するのも良いですが、国民宿舎・湯浅城の建物は、模擬天守風になっております。
中途半端な天守ではなく、かなり気合が入った建物(設計)になっていますので、当サイトでは、模擬天守扱いとさせて頂きます。
この湯浅城に宿泊すれば、まさに、殿様気分なのではないでしょうか?
昼12時~22時までは日帰り入浴も可能ですので、入浴がてら、天守閣の最上階にて展望も楽しむと良いかも知れません。

紀伊・湯浅城

紀伊・湯浅城への交通アクセスですが、標識・案内板を頼りにしていくと、これがまた難しいです。
湯浅城と言う文字は、宿の湯浅城もそうですが、城址の湯浅城も同じ名称だからです。
よって、現地でなんとかなるだろうではなく、完全に地図を頼りにして訪問する必要性があります。

城跡への登城口は、南側にある川沿いのみかん畑になっているところからです。

紀伊・湯浅城

ただし、門が閉まっていますので、電話をすると管理人様が、10分ほどでカギをあけに来ていただけるシステムになっているようです。
雨がひどかったので、登城は差し控えました。





可能であれば、湯浅城(旅館)に宿泊して、湯浅城を見学したいところです。
宿泊しない場合、駐車場は湯浅城公園(ゲートボール場)の駐車場を利用可能です。
電車の場合には、JR紀勢本線・湯浅駅からタクシー利用となります。

もちろん、湯浅城の歴史には諸説ありますので、ご確認申し上げます。
このあと、紀伊・広城へ行きました。

紀伊・広城 紀伊守護の畠山氏が本拠とした山城
紀伊・岩室城(紀伊・岩村城) 畠山政能と畠山定政の本拠地
日本全国のお城がある場所が分かる地図

 

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中級者向け
旧国名
紀伊
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