茨城県

木田余城 信太氏の本拠地も佐竹家に奪われる

木田余城

常陸・木田余城(きだまり-じょう)は、かなりミステリアスな城跡で、茨城県土浦市木田余にあります。
最初の築城時期は不明ですが、信太範宗(信太伊勢守範宗)の居城として知られます。
信太氏は、古代豪族・紀氏の後裔とされ平安時代の公卿で、竹取物語の著者とも考えられている中納言・紀長谷雄(き-の-はせお)を祖にする氏族です。





1151年、常陸国の信太庄が藤原氏に寄進されると、藤原氏との関係から紀貞頼が信太に下向し、信太郡下高津に屋敷を構えました。
そして、のちに信太氏を称するようになったと言う事になります。

八田知家の嫡男・八田知重が小田城に入ったころには、信太氏も小田氏と並ぶ勢力を誇っており、小田貞朝が家督争いになると、信太忠貞が味方して勝利し、小田氏の執事を務めるようになりました。
信太宗房は、本拠を田土部から土浦城に移し、鷹狩の際に通りかかった僧侶・禅鉄を抜擢すると「菅谷氏」と名乗らせています。

1438年「永享の乱」が起こると、小田城主・小田治朝は鎌倉公方・足利持氏に属し、信太庄は失われました。
そのため、信太家範は木田余に退き、子の信太輔範が木田余城を築いたと考えられています。

木田余城

ただし、最初の木田余城は近くの台地の上の「城の内」と言う場所にあったと推定されています。
しかし、戦国期には、今でもレンコンが飼育されている蓮田(沼地)に囲まれたJR常磐線の操車場付近に城が移転していたと考えられており、信太伊勢守範宗が新たに築いたともされます。

1451年頃から、菅谷氏は宍倉城主になります。
また、菅谷隠岐守の娘が小田成治の側室に上がり、菅谷氏は小田家の重臣にもなっていきました。

1514年、信太治房(しだ-はるふさ)は小田成治を隠居させて小田政治を擁立すると、小田政治の娘が木田余城主の信太範宗の正室に嫁いでいます。





1524年、土浦城主の信太範貞が病没すると、養子になっていた菅谷勝貞が跡を継ぎ土浦城に入っています。
また、一時期は、信太勝貞とも称したようですが、のちには菅谷勝貞となり小田家を支えて常陸・藤沢城にも入ったようで、1543年からは菅谷政貞が土浦城主となりました。
一方、坂戸城主には、信太頼範(信太掃部助頼範)と言う武将が入っており、1545年、宇都宮勢を見事撃退しています。

小田氏治の頃には、常陸・太田城の佐竹氏が小田家を圧迫するようになっており、1559年には、坂戸城主の信太頼範が小田城を奪回し、常陸・藤沢城から小田氏治を小田城に復帰させてもいます。

しかし、1562年、江戸忠通の攻撃を受けた際に土浦城の信太重成が討死するなどし、信太治房は佐竹家に降伏したこともあったようで、1570年、小田氏治が木田余城に入城した際に、惣領の信太掃部助治房は土浦城で殺害(自害)されました。
更には、信太範宗(しだ-のりむね)も、佐竹氏に内通したと疑われ、1573年に土浦城にて、菅谷政貞の手に掛かり謀殺されたと伝わり、信太氏の滅亡には諸説あります。

下記は、信太範宗の墓です。

信太範宗の墓

常磐線の北側方向にあり、かつては木田余城内だったとされています。

信太範宗の墓

信太氏の嫡流は滅亡しましたが、佐竹氏や、津軽氏などに仕えた一族もいたそうです。

1578年、佐竹義重が木田余城を攻撃すると、佐竹氏によって木田余城は徹底的に破却されました。
なお、念のため記載しておきますが、小田氏じたい、史料に混乱があり、年代などがそもそも間違っていることが考えられ、信太氏に関しても、木田余城の場所に関しても、諸説あり、ミステリアスになっていることをご確認申し上げます。





JR常磐線の線路沿い南側に、木田余城の案内板が建てられています。
なお、木田余城の石碑が、JR東日本の車庫内にあり、かつては地下道を抜けて見学ができたようですが、現在はその地下道も許可が無いと進入できなく、一般見学は不可能でした。

木田余城跡への交通アクセスは、JR常磐線の土浦駅から徒歩10分となります。
クルマの場合、駐車場はありませんが、石碑がある付近は道路が少し広く、駐車禁止ではありません。
ただ、道がわかりにくいため、当方のオリジナル関東地図をスマホなどでカーナビかわりにご活用頂けますと幸いです。

もちろんですが、続日本100名城にもなっている土浦城とセットでどうぞ。

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