茨城県

常陸・武田氏館 甲斐の武田家発祥の地は水戸近くに

常陸・武田氏館

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常陸・武田氏館とは

常陸・武田氏館(たけだし-やかた)は、茨城県ひたちなか市武田にある平山城(館跡)になります。
武田氏と申しますと、戦国時代に甲斐の虎として恐れられた名将・武田信玄が良く知られますが、その甲斐武田氏はココ、常陸が発祥の地となります。
甲斐・武田氏の先祖は、河内源氏の2代目棟梁・源頼義の3男にあたる源義光(新羅三郎義光)です。
その源義光(新羅三郎義光)の嫡男とされる源義業は常陸・馬坂城主となり佐竹氏に繋がり、次男ともされる源義清は、常陸国那珂郡武田郷を与えられて武田冠者と称しました。


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常陸・武田氏館は那珂川を見下ろす武田台地の先端部に築かれたようで、武田郷の鎮守武田大明神とも称さる湫尾神社(ぬまお-じんじゃ)がある場所は、標高20mほどの高さになっています。
日がだいぶ傾いていたので、まっかっかですが、下記の写真中央が常陸・武田氏館跡になります。

常陸・武田氏館

現在、甲斐武田氏発祥の地として「武田氏館」が再現されています。
復元した母屋の内部などの見学は無料ですが、竹下総理大臣のときの「ふるさと創生事業」により建設したそうですが、このような使われ方は素晴らしいですね。

常陸・武田氏館

しかし、1130年、境界線争いで大掾盛幹に敗れ、常陸・吉田城主の吉田清幹らから朝廷に訴えられると、子の源清光と共に、山梨県西八代郡市川三郷町に流罪になったとも移り住んだともされます。
その後、源清光は甲斐で勢力を拡大し、逸見氏・武田氏・加賀美氏・安田氏・浅利氏といった甲斐源氏の一族を各地に配し、武田氏が中心氏族となりました。

常陸・武田氏館

上総・真里谷城主となって上総武田氏の祖となった武田信長も、上杉禅秀の乱の際に甲斐から逃れてきていますので、上総武田氏も発祥の地と言えます。

常陸・武田氏館

交通アクセス

常陸・武田氏館への交通アクセス・行き方ですが、JR常磐線の勝田駅から「茨城交通バス」の水戸行きに乗車して、武田本町バス停で下車し、徒歩10分になります。
駐車場は約10台ほどの無料駐車場が完備されているのでありがたいです。
道がわかりにくいので、当方のオリジナル関東地図をカーナビ代わりにご活用頂けますと幸いです。


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事務所に説明ボランティアの方が常駐しており、案内をして頂けました。

なお、湫尾神社も館跡ですので、少しお参りさせて頂きました。

湫尾神社

下記が湫尾神社になります。

湫尾神社

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城迷人たかだ

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(株)TOLEDO、高田哲哉と申します。
20年以上戦国武将などの歴史上の人物を調査している研究家です。
日本全国に出張して城郭も取材させて頂いております。
資格は国内旅行地理検定2級、小型船舶操縦士1級など。

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