秋田県

出羽・大館城 浅利勝頼・浅利頼平の比内浅利氏

出羽・大館城

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出羽・大館城

出羽・大館城(おおだて-じょう)は、桂城とも言う標高71mの平山城で、丘陵地の先端にあると言う感じです。
戦国時代浅利勝頼が築城したとされます。

戦国期、浅利則頼のときには、近くの独鈷城を本拠として、笹館城・花岡城・扇田長岡城・八木橋城などを領していましたが、甲斐源氏の庶流・浅利氏の一族となる比内浅利氏で、平安末期の奥州合戦にて得た領地だと推測されます。
浅利則頼には側室の子で長男の浅利則祐と、正室の子で次男の浅利勝頼(あさり-かつより)がいましたが、1550年に浅利則頼が十狐城にて死去すると兄弟で確執となりました。

1562年、弟・浅利勝頼は宿敵だった檜山城安東愛季の援軍を受けて、兄・浅利則祐の扇田長岡城を攻めて、自害に追い込んで家督を継いでいます。
そして、出羽・大館城を築くと、本拠を移した次第です。
城下には独鈷衆を配置して、城下町を整備しました。


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なお、1566年には秋田愛季が、勇猛果敢な浅利勝頼を使って鹿角谷内城を攻撃させています。
浅利氏は、安東愛季の被官としては最大勢力を誇っていたようです。

しかし、1582年、その浅利勝頼は津軽為信の支援を受けて安東家に対抗しようとしたため、安東愛季から招かれた宴席にて、蠣崎慶広によって暗殺されました。
比内浅利氏は勢力を失い、子の浅利頼平(あさり-よりひら)は津軽為信を頼って逃れたようです。

檜山城登城口の手前にある浄明寺には、1583年に安東愛季が檜山城に招き、松前慶広に殺害させた、浅利勝頼の首塚があります。

大館城には、五十目秀兼と和田内膳が入りました。

出羽・大館城

1587年、安東愛季が死去すると、1588年に、五十目秀兼は南部信直に内応し、大館城に大光寺光親を迎え入れて、和田内膳を討ちました。
そして、大館城には南部家より北信愛が入っています。

1590年、奥州仕置のあと、九戸政実の乱の隙に、秋田実季は津軽為信と結託し、阿仁の加成播磨守・米内沢の加成左馬頭らの支援を受け、比内から南部信直の勢力を追い出します。
そのため、浅利頼平は旧領に復帰して7300石となりましたが、大館城には安東実季の弟・安東実時が入り2000石を与える羽目になったようです。
浅利頼平は後見してくれている津軽為信を通じて豊臣政権に独立大名として認めてもらおうと工作し、秋田家(安東家)に納める年貢も未納状態となります。
よって、1596年に安東実季から攻撃を受けますが、これが豊臣秀吉惣無事令(私闘禁止令)に違反するとされ、片桐且元が仲裁もしています。
1598年に陳情のため上洛した浅利頼平でしたが、浅利紛争は未解決のまま、大坂にて急死しています。

のちの浅利氏一族は、秋田城に入った佐竹家に鷹匠として仕えたともされます。

1602年、佐竹義宣が常陸から秋田城に入ると、北方の抑えとして小場義成を檜山城に置き、大館城の受取には赤坂朝光(赤坂下総守朝光)を派遣しました。
その後、大館村の浅利伝兵衛らが一揆をおこしますが、1608年には5000石にて小場義成が大館城主となっています。
このとき、大館の城下町は整備され、 一国一城令のあとも、久保田藩では大館城と横手城は破却を免れています。
どうやら、佐竹氏が常陸・小田城にも設けたように、障子堀も施されたようです。

出羽・大館城

明治の戊辰戦争の際には、列藩同盟の盛岡藩(南部家)が久保田藩(秋田藩)領の大館城を攻撃して「大館城攻城戦」となり、大舘領主・佐竹義遵は城に火を放ち一度撤退しますが、城を奪還しています。

大館城の遺構は、ほとんど残っていませんが、大館市役所の前に水堀が残っています。
大館城跡は現在桂城公園(けいじょうこうえん)として公園になっており、花見ができる桜の名所としても知られます。


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なお、秋田の城(館)は、城内の郭で中心の場所、要するに本丸など、城主の館があった場所(曲輪)を「大舘」と呼ぶことが多いです。
恐らく、この出羽・大館城も、そのように「大舘」と呼ばれていたのでしょうが、そのまま城の名前になった例だと存じます。
また、福島県いわき市の飯野平城も、陸奥・大館城と言う事が多いので、混同しないよう注意が必要です。

交通アクセス

出羽・大館城への交通アクセスですが、JR花輪線の東大館駅から徒歩20分の距離です。
駐車場は、大館市体育館駐車場が利用できます。
駐車場の場所などは、当方のオリジナル東北地図にてポイントしております。
スマホで表示して、目的地として選択し「ナビ開始」にすれば、カーナビ代わりにもなります。
自動車用、歩行用でも、ナビとしてお使い頂けます。

大館の一心院には、真田幸村の墓もありますので、ご興味がある方はセットでどうぞ。

小場義成とは
横手城 小野寺氏が本拠地にした出羽の拠点
安東愛季 安東氏を大きく飛躍させた戦国大名
真田左衛門佐幸村之墓 秋田・大舘にある真田幸村伝説
檜山城 広大な檜山安東氏城館跡 紅葉の様子も
松前城の最北景観と松前慶広とは~福山館の戦国期と幕末期
河田次郎のわかりやすい解説~大舘に住む奥州氏原氏の家臣【鎌倉殿の12人】
浅利義遠(浅利与一義成)の解説~三与一のひとりになる弓の名手の武田一族
日本全国のお城のある場所がわかるオリジナル地図


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城迷人たかだ

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高田哲哉と申します。
20年以上戦国武将などの歴史上の人物を調査している研究家です。
日本全国に出張して城郭も取材させて頂いております。
資格は国内旅行地理検定2級、小型船舶操縦士1級など。

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