京都府

味土野女城「細川ガラシャ隠棲の地」明智玉約2年間の逃避生活

細川ガラシャ隠棲の地

天橋立(あまのはしだて)からはだいぶ離れた丹後の味土野女城(みどのめ-じょう)は、標高約400mの高所にある屋敷跡(館跡)で、付近は手つかずの自然が残されています。
17歳のときに織田信長の媒酌を受け、勝龍寺城にて細川忠興と結婚した細川玉(細川ガラシャ)ですが、父・明智光秀本能寺の変を起こし、奥方様から一転して、織田信長を裏切ったと言う重大な謀反人の娘と言う立場になります。

そのため、本能寺の変から3ヶ月後、羽柴秀吉から細川家が疑われないようにする、また、細川玉が旧織田家の武将らから襲撃されないようにするなどの理由から、細川忠興は「離縁」と言う形をとりました。
しかし、帰るところもない、細川ガラシャを領国内である丹後半島の山中にある味土野の御殿屋敷に隠棲・幽閉させました。
ただし、追放したり見捨てたりしたわけではありませんので、細川家は、事実上、保護したと言う事になります。





味土野城には男城(おじろ)と女城(めじろ)の2がありますが、明智玉子が居住したのは女城のほうであることから、男城と区分するため、味土野女城と呼ばれます。

味土野女城

男城のほうには、監視役の武将が入っていたそうです。

明智光秀が羽柴秀吉に敗れて横死すると、細川家の家臣らは、20歳の細川玉子に自害をすすめましたと言います。
しかし・・

私は忠興の妻、主人の命を聞かずして事を決することは婦道にそむくことです

時には村人らとの交流もあったようですが、愁思のうちに2年の月日をこの豪雪もある味土野で、清原マリアなどの侍女らと過ごしました。

今と昔は違うかも知れませんが、味土野には数軒の家しかない、本当に寂しいところです。
丹後半島の山奥と言う感じで、アプローチの道路は舗装されていますが「狭く」クルマ1台が通行するのが、やっとです。

味土野女城への道のり

この別居状態を聞いた羽柴秀吉(豊臣秀吉)は、細川忠興に、もうそろそろ許すようにとしたことから、細川ガラシャは、再び妻として戻ることができたのです。

その後、救いを求めるかのように、細川ガラシャはキリスト教に入信しますが、最終的に細川忠隆、細川興秋、細川忠利の3子に恵まれています。
これは、やはり、夫・細川忠興から愛されていたと考えてよいでしょう。

細川ガラシャ隠棲の地「味土野女城」には遺構は残されていませんが「細川忠興夫人隠棲地」と書かれた石碑があります。

味土野女城

また、観音堂跡、古井戸、蓮池跡などが残ります。

御殿(みどの)と呼ばれていた味土野へのアクセスですが、電車・バスでは困難です。
クルマの場合、対向車が来たら終りのカーブ・坂道など狭い道を上がって行きます。
ほんと細い道でして、夕立が止んだところを、ヒヤヒヤしながらレンタカーを走らせていますと「イノシシ」が出ました。(^-^)

味土野女城への道路

奥まで行きますと3軒ほどの民家があり、道路の終点が味土野女城と言う感じで、そこまで舗装はされています。
また、駐車スペースのすぐ脇が、細川忠興夫人隠棲地となりますので、山道を歩くことはありません。
ただし、場所は非常にわかりにくいです。
docomoスマホの電波も「圏外」なくらいの山の中です。
当方のオリジナル地図をご参照賜りますと幸いです。
スマホで表示すれば、カーナビ代わりにもなります。





あと、宮津城の南のほうには、盛林寺があります。
その盛林寺の境内に、悲劇の武将・明智光秀の供養塔があります。
これは首塚とされ、大久保山城にいた細川ガラシャに送られたと推定されているようで、どうも供養した模様です。
明智光秀の首塚としては、他には丹波・神尾山城から近い谷性寺と、京都・東山の明智光秀首塚碑にもあります。
あとは、明智光秀が命を落としたとされる明智薮の北にある山科区の勧修寺町に「明智光秀之塚」の石碑があり、明智光秀の「胴塚」とされています。

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3 based on 1 votes
攻略難易度
中級者向け
旧国名
丹後
著者コメント
ほんとスゴイところです。

 

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