奈良県

大和・菅野城(菅野谷城) 百済王の末柄の居城か?

大和・菅野城(菅野谷城)




大和・菅野城(すがの-じょう)は、奈良県宇陀郡御杖村菅野字城坂にある標高580m、比高50mの山城です。
奈良県ではありますが、すぐ東は三重県と県堺に近いところに位置し、伊勢本街道の押さえとなっています。

築城時期は不明ですが、北畠具親に従っていたと考えられる菅野氏が築いた城とされ、城坂とも菅野谷城とも呼ばれます。

大和・菅野城

菅野氏(すがのうじ)と言うのは、朝鮮・百済王の一族で、西暦500年台の古代日本に渡ってきました。
その子孫が、790年頃に、朝臣(あそん)を称することが許され、住んでいた場所の地名から「菅野朝臣」を称したとされます。
その住んでいた場所が、ココ、大和国宇陀郡菅野村であると言う説もありますので、もしかしたら、菅野(すがの)さんは、百済王の末柄だったのかも知れません。
個人的には、朝鮮人も多く移り住んだ、武蔵・菅谷館のほうかな?と言う感じがいたしますが・・。





古い小学校を利用した「みつえ体験交流館」の裏山が菅野城となります。

情報によりますと、登城路は未整備ながらも山頂部が本丸で、北側には見事な堀切があると言います。
東と南には土塁で囲まれたところがあり、西南にも郭(曲輪)があるそうです。

北畠具親が挙兵した際に、織田信雄は滝川雄利・田丸直昌・日置大膳らに討伐を命じますが、この時、菅野谷城は落城もしくは降伏した模様です。

数時間前に枚方市で大地震が発生したばかりで、帰りの新幹線が心配だったため、登城はしませんでした。
駐車場は、真興寺さんの参拝者用駐車場を利用できるみたいです。

宇陀松山城(続日本100名城) 多賀秀種と福島高晴
吉野城(金峯山城) 護良親王や後醍醐天皇の南朝拠点となった要害





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城迷人たかだ

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(株)TOLEDO、高田哲哉と申します。
20年以上戦国武将などの歴史上の人物を調査している研究家です。
日本全国に出張して城郭も取材させて頂いております。
資格は国内旅行地理検定2級、小型船舶操縦士1級など。

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