新潟県

越後・五泉城(甘粕備後守城跡) 城跡は五泉八幡宮

越後・五泉城跡

越後・五泉城(ごせん-じょう)は、甘粕備後守城跡とも呼ばれている標高17mの平城で新潟県五泉市にあります。

最初の築城は不明ですが、1382年に越後守護代・長尾憲顕の家臣・五泉数馬と言う武将が五泉城主との記録があります。
その後は、銭駿河守、天野東山、長野玄正、矢代豊後守などが五泉城にいたともされます。

早出川近くの微高地に築かれており、遺構は残っておらず城の大きさなども不明ですが、上杉景勝のもと、直江兼続と共に活躍した甘糟景継の居城しとても知られます。





甘糟景継(甘粕景継、甘糟備後守景継)(あまかす-かげつぐ)は、1550年、上田・坂戸城主である登坂清高(登坂加賀守清高)の子として生まれました。
登坂家はもともと上田・長尾氏の譜代家臣で、上田衆と呼ばれた強豪武士団の一員です。
上杉景勝が上杉謙信の養子となって春日山城に入ったとき、同行している小姓となります。

越後・五泉八幡宮

その後、天正7年(1577年)、上杉謙信の命により名門・甘粕家の養子となりました。
上杉謙信の死後に発生した御館の乱では、上杉景勝の下で活躍し、護摩堂城主となっています。

天正11年(1583年)、新発田重家に対する備えとして、護摩堂城から五泉城に入りました。

文禄2年(1593年)には、庄内・亀ヶ崎城(酒田城)へと移動しています。

越後・五泉城跡

上杉景勝が会津移封となると、甘粕景継は20000石にて白石城主となりました。

以後、五泉城は、越後・村上城に入った村上勝頼の支配下となります。
しかし、慶安2年(1649年)に五泉城は破却され、本丸跡に、現在の「八幡宮」が建てられました。

越後・五泉八幡宮

八幡宮周辺に、「字長尾」「字城廻り」「字馬場」などの地名が残っており、五泉八幡宮の社務所前に「甘粕備後守城跡」の石碑が建てられています。

なお、五泉八幡宮には、夜に童子が石橋の上で笛を吹く姿が現れては消えるという伝承があるようです。

越後・五泉城跡

五泉八幡宮の参拝者用駐車場を拝借させて頂きました。
駐車場入口は当方のオリジナル地図でもわかるようにしてあります。

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この史跡への皆様の評価→
攻略難易度
中級者向け
旧国名
越後
著者コメント
五泉八幡宮になってしまっていて遺構はないようです。

 

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