大分県

大友氏館(大分) 整備されつつある大友家の本拠地

大友氏館(大分) 




大友氏館(大分)

豊後・大友氏館跡(大友氏遺跡)は、国の指定史跡となっており、大分県大分市顕徳町一帯にあります。
豊後の守護となった大友氏泰が大友氏館(大友館)を築いたとされ、以降、城下町は府内と呼ばれました。

ただし、大友家の16代当主・大友政親(1444年~1496年)のときには、丹生島城(臼杵城)が本拠地となっており、大友宗麟も臼杵城が本拠としています。
なお、大友宗麟が隠居すると、子の大友義統(大友吉統)は府内、すなわち大友氏館(大友館)にて政務を執り仕切っていたようです。





1586年、戸次川の戦いの際にも、大友義統は大友氏館(大友館)にいて、島津家久に抵抗しますが、ほどなく逃亡しました。

この時、大友氏館を含む周辺は、島津勢により焼き払われたようですが、のち大分城(府内城)が使われるようになるまでは、引き続き大友氏館(大友館)が府内(大分)の中心だったようです。

大友氏館跡(大友氏遺跡)の発掘調査

訪問させて頂いた際には、周辺の土地は大規模な発掘調査をなさっていました。
そのため、工事現場のようなところを訪れる形となりましたが、下記の地図ポイント地点が上記の撮影場所となります。

大分市では大友氏館跡として、2019年度までに庭園を復元し、2029年度を目途に、館の中核施設となる「主殿」を復元するとしています。
楽しみですね。
それまで生きていましたら、再訪したいと存じます。

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城迷人たかだ

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(株)TOLEDO、高田哲哉と申します。
20年以上戦国武将などの歴史上の人物を調査している研究家です。
日本全国に出張して城郭も取材させて頂いております。
資格は国内旅行地理検定2級、小型船舶操縦士1級など。

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