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塞之神城(塞ノ神城)のちょこっと解説

塞之神城(塞ノ神城)

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塞之神城(塞ノ神城)とは

塞之神城(塞ノ神城)(さいのかみ-じょう)は、愛知県新城市作手清岳上ノ山にある山城
標高は標高628m、比高80mとなる。
最初の築城としては本城山砦とも言い、奥平氏が来る前の1375~1381年(天授年間)に三河三大長者のひとりである米福長者(よねふくちょうじゃ)なる者が築いたとされる。
ちょっと北にある新城市作手歴史民俗資料館の付近に米福長者屋敷があったらしい。


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戦国時代に入ると、元亀年間(1570年~1572年)に、三河・亀山城の奥平貞能が武田信玄に臣従した際、低い尾根にあるこの塞之神城と、高い位置にある文殊山に城を築くことを約束したそうだ。
文殊山城から塞之神城は尾根続きとなっており徒歩10分くらいで連絡しており、現在も歴史の小径として遊歩道が整備されている。
そして、武田勢は塞之神城のすぐ東側の小高い丘に三河・古宮城も築城して駐屯した。

なお、奥平氏の城、作手の城は小規模なタイプが多いので、奥平氏が武蔵から移って小領主を打破していったことがよくわかる。

交通アクセス

塞之神城(塞ノ神城)への行き方・交通アクセスですが、文殊山城への行き方と同様に作手保健センター付近から舗装されている狭い道を上がって行き、文殊山城の山頂下までクルマで上がると駐車スペースもあるようです。
そして、文殊山城から遊歩道にて塞之神城(塞ノ神城)に向かう方が多いようです。

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城迷人たかだ

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高田哲哉と申します。
20年以上戦国武将などの歴史上の人物を調査している研究家です。
日本全国に出張して城郭も取材させて頂いております。
資格は国内旅行地理検定2級、小型船舶操縦士1級など。

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