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古宮城の補助解説【続日本100名城】作手(つくで)に築いた武田専用の城跡

古宮城

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古宮城とは

古宮城(ふるみやじょう)は愛知県新城市作手清岳にある平山城で続日本100名城に選ばれている。
当サイトに執筆して頂いている、だい先生によって既に古宮城は紹介されている。
すでに当サイトにて紹介されている城跡は基本的に新たな記事にはしない。
しかし、古宮城は続100名城なので小生も別の角度から記載してみることをお許し願いたい。


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かねてから作手(つくで)は訪問したことがあったのだが、古宮城が続100名城に選ばれる前のことであり久しぶりに訪れた。

古宮城

作手は標高500mくらいで山上だが、広い高原地帯のようになっており、平坦部が多いと言う少し変わった地形である。
作手の城跡は、川尻城・文殊山城など狭い範囲に細かく配置されており、それぞれ位置もそんなに離れていない。

古宮城

すなわち小豪族が群雄割拠したゆえであるが、そんな中、奥平氏が勢力を強めて行った。
城跡の見ごたえとしては、開発があまり進んでいないため、遺構が良く残っている城跡が多い。

古宮城

特に、三河・亀山城の遺構も素晴らしいのだが、そんな中、続100名城に選ばれたのは古宮城であった。

古宮城

続100名城に選ばれた理由は、恐らく古宮城は、武田信玄が作手を支配した際に、武田の城として改修されたためだと感じる。
馬場信春が普請を務め、古宮城には小幡昌盛、甘利信康、大熊朝秀といった堂々たるメンバーが入ったようだ。

古宮城

また、同じ時期に、西側にある塞ノ神城(本城山砦)も武田勢が改修したようである。

1571年頃、武田信玄が三河に進出した際に、作手を領有していた奥平貞能は武田勢に臣従したが、長年、三河・亀山城を本拠としていた。
北に約1kmしか離れていない古宮城に、武田が入ったのだから奥平一族もたまったものではなかっただろう。


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日本100名城のスタンプがある場所は、作手歴史民俗資料館で、御城印も販売されている。
執筆時点では、火曜定休、開館時間10時~15時。(最新情報のご確認を)

城跡の場所は当方のオリジナル地図「名古屋・北陸方面」にてポイントしている。
オリジナル地図「名古屋・北陸」方面
スマホ画面などで表示して「検索窓」から検索して、カーナビ設定することでも使用可能。(徒歩ナビとしても可能)

古宮城 武田信玄が三河侵攻のために築いた名城【続日本100名城】
三河・文殊山城のちょこっと解説~一夜で築いた作手の山城
塞之神城(塞ノ神城)のちょこっと解説
三河・久保城のちょこっと解説~奥平氏の古い城跡と奥平氏4代当主・奥平貞昌
奥平貞勝のちょこっと解説~今川・織田・徳川・武田と鞍替えの奥平氏当主
奥平定能と奥平信昌と亀山城~英雄・鳥居強右衛門と長篠城の戦い
三河・亀山城(作手城) よく整備されている平山城


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城迷人たかだ

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(株)TOLEDO、高田哲哉と申します。
20年以上戦国武将などの歴史上の人物を調査している研究家です。
日本全国に出張して城郭も取材させて頂いております。
資格は国内旅行地理検定2級、小型船舶操縦士1級など。

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