山梨県

湯村山城の解説~甲府を見下ろす烽火台の砦

湯村山城

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湯村山城とは

湯村山城(ゆむらやまじょう)は、山梨県甲府市湯村にある山城で標高449m、比高150mほど。
別名は湯ノ嶋城、湯ノ島山城と言い、最初の築城は戦国時代武田信虎とされる。
ただし、その前に逸見氏、または武田信昌が砦として築いていたとも考えられる。

湯村山城

1519年、武田信虎(26歳)は石和・川田館から躑躅ヶ崎館(武田氏館)に本拠を移した。
1520年、駒井政武の領地であった積翠寺郷にある丸山に要害山城を築いている。
更に、武田信虎は大井信達の娘・大井の方を正室に迎え、重臣など有力武将の城下集住策も進め家臣団組織を整備した。


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1521年10月、今川勢で土方城(遠江・高天神城)の福島正成らの軍勢が甲斐に迫ったため、10月16日、武田信虎は飯田河原の戦いにて迎撃。
更には11月23日、上条河原の戦いにて大将・福島某(名前不明)を打ち取り、今川勢は駿河へ撤退した。
その合戦の最中になる1521年11月3日、大井の方は要害山城(積翠寺)にて武田晴信(武田信玄)を出産した。

これだけでは本拠地の防御に不安があったのか、1523年には湯村山城を築城。
これらは駒井高白斎の「高白斎日記」に記載されていて判明しており、更に1524年には一条小山城(甲府城)にも砦を築いて、周辺防御を整えたようだ。
なお、湯村山城は甲府盆地に突き出た形でもあるため、烽火台も設置されて緊急伝達や監視場として機能したようだ。

湯村山城

ちなみに麓にある湯村温泉は、平安時代初期の808年には発見されていたと言う記録もあることから、武田信玄の隠れ湯としても知られる。

湯村山城に登城される場合には熊出没注意。

交通アクセス

湯村山城への行き方ですが駐車場は麓にある緑ヶ丘スポーツ公園の無料駐車場が便利で公衆トイレもある。
緑ヶ丘スポーツ公園中にある「緑が丘スポーツ公園体育館」の駐車場が最寄りとなる。
体育館脇の舗装路から進むと、途中から主郭までハイキングコース(片道約30分)が整備されており、土塁や石積などの遺構が確認できる。
甲府駅近くでレンタサイクル(貸自転車)を借りても良いだろう。


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湯村山城の駐車場がある場所は当方のオリジナル関東地図にてポイントしている。
スマホで表示して、目的地として選択し「ナビ開始」にすれば、カーナビ代わりにもなる。
自動車用、歩行用でも、ナビとしてお使い頂ける。

緑が丘スポーツ公園体育館の北側にある法泉寺には、武田勝頼の宝篋印塔墓と、武田信武の宝篋印塔墓があるので、セットでどうぞ。

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城迷人たかだ

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(株)TOLEDO、高田哲哉と申します。
20年以上戦国武将などの歴史上の人物を調査している研究家です。
日本全国に出張して城郭も取材させて頂いております。
資格は国内旅行地理検定2級、小型船舶操縦士1級など。

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