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伊豆・江間荘「江間氏館」の解説~江間四郎・江間次郎・江馬輝経など江間氏を検証

江間氏館




伊豆・江間荘の江間氏館

伊豆・江間荘は、静岡県伊豆の国市南江間にあり、平安時代末期からは江間氏が領していた場所となります。
狩野川下流の左岸に位置し、古代には依馬郷と呼ばれたようです。
江間荘と検索してみますと、アパートが大量に検索結果として出てくるのですが、この記事では伊豆・江間荘という土地、そして、江間氏と北条義時邸跡(江間氏館跡)に関して、ご紹介致します。

伊豆・江間荘

平安時代末期、江間氏が領する前は、全体として「北条荘」として区分されていたようですが、北条一族とも推測される江間氏が江間荘にいた可能性は否定できません。
また、源頼朝ともゆかり深い、北条時政の長男・北条宗時(北条三郎)は、宗家を継ぐ立場だったことから、次男である北条義時は、元服すると、江間荘を分割して与えられたとも考えられます。
ただし、江間氏が途切れていて、継いだ可能性があるかも知れません。
こうして、北条義時は、一時、江間四郎(江間小四郎)と称し、北条氏館から約1km北の狩野川対岸に、江間氏館を構えたとも推測されます。

伊豆・江間荘

しかし、北条政子が、源頼朝と恋仲になった頃の話です。
その頃、北条義時はまだ13歳前後であると考えられますので、もっとあとになって、江間荘を与えられた可能性も捨てきれません。

いずれにせよ、兄・北条三郎(北条宗時)は、1180年、源頼朝が挙兵したあとの石橋山の戦いにて、敗れて北条荘に戻る際、函南にて、伊東祐親勢の小平井久重の矢を受けて討死しました。
そのため、江間四郎が、北条家を継ぐ立場に変化したため、以後は北条義時として知られている次第です。
なお、吾妻鏡では、北条義時のことを「江間」「北条小四郎」「江間四郎」「江間殿」「江間小四郎」「江間四郎殿」「江間小四郎殿」など記載しています。
よって、時代はともかく、北条義時が江間領主だったことは、間違いなく、領内に伊豆・北条寺を創建したと考えられます。

江馬輝経

平清盛の異母弟である平経盛は、壇ノ浦の戦いに敗れ、平氏滅亡の際に、入水して果てましたが、その妾と子が、のちに鎌倉の北条時政を頼り、養育を受けたとあります。
その成長した子は、江馬輝経(えま-てるつね)/江間小四郎と称しており、北条時政が、伊豆・江間荘を、与えたとも考えられます。
なお、諸説ありますが、江馬輝経は白河法皇のご落胤ともされ、北条時経とも書く場合がありますので、北条一門と同じ扱いを受けた模様です。

江間氏館

1220年?ともされますが、江馬輝経は、執権・北条義時(江間四郎)に嫌われて、飛騨国吉城郡高原郷(神岡)へ移ったとも言います。
のちの戦国時代には、飛騨・高原諏訪城神岡城江馬時盛江馬輝盛といった戦国大名を輩出しました。

この北条義時(江間四郎)に嫌われたと言う事に関連しそうな内容として、下記のような江間氏の話もあります。

北条光時(名越光時)

第2代執権の北条義時の次男に名越朝時(なごえ-ともとき)がいます。
姫の前が産んだ北条朝時(名越朝時)は、嫡男扱いでしたが、北条義時に嫌われて、側室の阿波局が産んだ庶長子の北条泰時が3代執権になっています。
このような経緯から、北条朝時(名越朝時)は嫡流をはずれて、祖父・北条時政の屋敷「名越邸」を与えられました。
その北条朝時(名越朝時)の嫡男が、北条光時(名越光時)になります。
この名越光時は、執権・北条時頼を廃しようとした計画したため、所領を没収されると伊豆・江間郷へ配流となりました。
そして、北条光時(名越光時)の子は、江間太郎親時、江間次郎盛時と、以後、江間氏を称しています。
この北条光時(名越光時)の執事としては、四条頼員と四条頼基(四条金吾)が見受けられます。
この話が、飛騨に移った、江馬輝経の話と、混同する結果になっているのではとも感じてしまいます。

いずれにせよ、江間荘に住んだ、江間さんは、色々な系統があったと考えられます。

江間氏館跡は、現在、公園として整備されていますが、館跡を示すようなものはありません。
北側には、国指定天然記念物となった、北伊豆地震による地震動の擦痕(さっこん)が保存されている小さな建物があります。
撮影を試みたのですが、ガラス窓が反射してしまい、無理でした。

交通アクセス

江間小学校があった場所が、北条義時の館跡とれされます。
交通アクセス・行き方ですが、伊豆箱根鉄道の韮山駅から、約1.5km、狩野川を越えて、徒歩20分~25分ほどになります。

色々と周るのであれば、伊豆長岡駅まで行って、レンタサイクル(貸自転車)だと便利です。

公園の南側には、テニスコートやトイレがあり、無料駐車場も完備されていますが、周辺道路は狭めのため、ご注意願います。
駐車場の入口場所は、当方のオリジナル地図にてポイントしてありますので、カーナビ代わりにもお使い頂けますと幸いです。

伊豆・北条寺北条政子産湯の井戸北条氏館跡願成就院八重姫様供養堂などと、セットでどうぞ。

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城迷人たかだ

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(株)TOLEDO、高田哲哉と申します。
20年以上戦国武将などの歴史上の人物を調査している研究家です。
日本全国に出張して城郭も取材させて頂いております。
資格は国内旅行地理検定2級、小型船舶操縦士1級など。

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