栃木県

下野・多気城(下野・多気山城) 宇都宮氏が整備した本格的な山城

下野・多気城

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下野・多気城(たげじょう)は、栃木県宇都宮市田下町にある山城で、下野・多気山城とも書き、別名は御殿山とも言います。
標高377mの多気山に築かれており、山全体を要塞化した、関東では大規模な山城と言えます。
最初の築城としては、平安時代の1063年で、宇都宮に屋敷を構えた藤原宗円ともされますが、無理があるように感じますので、見張台程度だったのかも知れません。
よって築城年などは不明ですが、1472年には、多気兵庫守が城主だったとされます。


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1577年に、下野・多気城の改修が終わり、以後は、上高根沢城主の高根沢信濃守、下高根沢城主の平八郎、平弥八郎、栗賀島城主の直井淡路守、小和久保城主の矢口筑前守、石居城主の野沢若狭守らが下野・多気城を守ったともあります。

下野・多気城

戦国時代末期、宇都宮城の宇都宮国綱が、下野・多気城を大規模改修して本拠地とし、宇都宮城は玉生美濃守が預かっています。
下記は、中腹にある多気稲荷大明神の入口です。

多気稲荷大明神

あまりにも階段もスゴイので、登って行くのは、やめました。

下野・多気城

その他、1584年(天正12年)、北条勢が下野・多気城を攻めた際には、横田綱貞と祖母井定久らが守備していたともあり、1586年(天正14年)にも、横田綱貞が多気山城にて防戦したとも伝わります。


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1590年、豊臣秀吉小田原攻めのあと、秀吉の命にて、宇都宮国綱は宇都宮城に戻っており、1597年に改易された際に、下野・多気城は廃城になった模様です。

下野・多気城

ハイキングコースのように登山道も整備もされていて、伐採されている山頂付近からは、筑波山もよく見えると言います。

下野・多気城

駐車場は東麓にある多気不動尊の手前に市営駐車場(無料)があり、登山道も伸びています。
ただ、当方が向かった際には、道路が通行止で、反対側から回り込むと言う感じで登って行けました。
駐車場の場所は、当方のオリジナル地図にてポイントしておきます。
時間があれば、大谷石が有名なところですので、大谷資料館もセットでどうぞ。

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城迷人たかだ

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高田哲哉と申します。
20年以上戦国武将などの歴史上の人物を調査している研究家です。
日本全国に出張して城郭も取材させて頂いております。
資格は国内旅行地理検定2級、小型船舶操縦士1級など。

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