北海道

蝦夷・勝山城(勝山館) 蠣崎光広 交通アクセスと歴史

勝山館




蝦夷・勝山城(かつやま-じょう)は、北海道檜山郡上ノ国町字勝山にある標高128mの山城で、別名は勝山館(かつやま-だて)、和喜館、脇館とも言います。
道南十二館のひとつに数えられます。
最初の築城者は武田信広(蠣崎信広)で、養父・蠣崎季繁が1462年に亡くなると、花沢館を廃城とし、新たに勝山館を築城開始しました。

勝山館

この勝山館(かつやまだて)は、福山城(松前城)と同様に、北海道ではかなりの規模の山城です。

勝山館

また、文明7年(1475年)には、樺太アイヌの首長から貢物の献上を受けて、樺太も支配したと言われています。

1494年5月20日に武田信広(蠣崎信広)は死去。享年64。
家督は子の武田光広が継ぎました。





武田光広の名前は一般的に蠣崎光広(かきざき-みつひろ)として知られており、もちろん蠣崎氏を継承しています。
蠣崎光広(蠣崎光廣)は、1514年に本拠地を松前の大館(徳山館)に移しており、勝山城には次男・蠣崎高広が入っています。

勝山館

時代は流れても、アイヌは度々蜂起しており、4代・蠣崎義広のとき1529年、勝山館はアイヌのタナサカシに包囲されています。
5代・蠣崎季広のとき、蠣崎高広の子である蠣崎基広(かきざき-もとひろ)は、謀反を起こしますが、1548年、蠣崎季広の家臣・長門広益に敗れて討死しました。享年48。

勝山館

そのため、以後、勝山城には、蠣崎家の家臣・南条広継(なんじょう-ひろつぐ)が入っています。

勝山館

しかし、蠣崎季広と従兄弟・蠣崎基広との家督争いで、正室(蠣崎季広の長女)が実弟の蠣崎舜広(蠣崎季広の長男)と、明石元広(蠣崎季広の次男)を毒殺した罪に連座し、永禄5年(1562年)に自害させられています。享年34。
この南条広継の自害では「逆さ水松」という伝説も残されています。

逆さ水松

妻の悪行に対して、夫の南条広継は、身の潔白を訴え、自害する際には、礼服に身を包んで棺に入ったと言います。
その時、一本の水松を棺の上に「逆さ」に生けさせました。
水松(みづまつ)と言うのは、海辺にある松の別名で、上之国の場合、イチイと言う針葉樹になります。
そして南条広継は「水松が根付いたら身に悪心ない証であり、三年たっても遺骸が腐っていなかったら、それこそ潔白である」と言い残しました。
そして、節を抜いた青竹で呼吸しながら、棺の中で鉦を鳴らし、経文を読誦したとされます。
その鉦の音と読経の声は3週間も続いたそうです。
のち水松が成長し、3年たつと、さかさオンコ(逆水松)になりました。
北海道や北東北の方言では水松のことをオンコと言います。

勝山館からの眺め

その後の勝山城ですが、1596年には、檜山番所が置かれたことから、使われなくなった模様です。

勝山城

上ノ国・勝山館への登り口は麓の国道228号の上国寺付近からの登城口と、もう一箇所、高いところからとなる夷王山の脇からの2箇所あります。
両方とも近くに立派な無料駐車場がありますので、当方のオリジナルGoogleマップにて場所を示しておきました。

勝山城

なお、距離は麓からでも山上部からでも同じくらいなようですが、麓からの方が勾配はありますので、ラクに見学できるのは、山上の夷王山の脇にある勝山館跡ガイダンス施設側からとなります。
勝山館跡ガイダンス施設の脇から下の方に続いている散策路を下って行ってください。

勝山館

北海道の史跡はどこも綺麗に整備されていますので、トレッキングポールは不要で、スニーカーで十分です。
見学所要時間は30分~60分といったところです。

勝山館

標高128mの山城となる勝山館の背後から山頂に向かっては、中世和人の墳墓群(夷王山墳墓群)があります。

夷王山墳墓群

下記は夷王山となりますが、当然、見張り台の役目は果たしていたことでしょう。

夷王山

2017年に続日本100名城にも選ばれた国史跡・上之国勝山城への行き方・交通アクセスですが、JR江差線・上ノ国駅からタクシーで約10分でしたが、その江差線は2014年に廃止となっています。
そのため、現在は、道南いさりび鉄道とJR北海道の北海道新幹線の「木古内駅」から函館バス「江差木古内線」に乗って、大留バス亭下車で徒歩20分といったところです。
函館や木古内からですと、江差・松前「バス3日間」乗り放題キップも便利です。
ただ、バスの本数は1日7本くらいしかないので、函館などからレンタカーが良いでしょう。





国指定史跡の勝山城、江差方面では見逃せない史跡です。
近くには、花沢館洲崎館もありますので、セットでどうぞ。

蝦夷地探訪シリーズ

安東政季までの安東氏盛隆~安藤康季と安藤義季
徳山館・大舘 みどころ 【蝦夷・北海道】
武田信広 優れた知略にて蝦夷を支配する
花沢館と蝦夷を統治した蠣崎季繁とは
茂別館と安東家政とは 道南十二館のひとつ
蝦夷の志苔館と小林良景 コシャマインの戦い
蠣崎光広(蠣崎光廣) 蠣崎氏拡大の策士
松前城の景観と松前慶広とは~福山館の戦国期と幕末期
蝦夷地の史跡巡り用「北海道観光オリジナルGoogleマップ」

 

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