東京都

川口兵庫介館跡(川口氏館跡) 川口兵庫介幸季の館

川口兵庫介館跡(川口氏館跡)




川口兵庫介館跡(川口氏館跡)は東京都八王子市川口町にある館跡になります。
観音堂(由井氏館跡)から、西寺方を通って、川口氏館跡がある川口町に向かいましたが、これがまた道が狭かったです。(^_^;)
秋川街道沿いの道路入口にトップ写真のような石碑が建っています。
ここから細い道を入って川口丘陵の先端部へと行くのですが、結構、急坂です。
でも、30mほどで史跡に到着します。

川口兵庫介館跡(川口氏館跡)

川口兵庫介館跡の石碑が道路に整備されていましたが、これは地元の方が投資なさったそうです。
標高は170m、下の秋川街道からで比高5mです。

武蔵七党の西党系が川口氏です。
川口氏は、武蔵名勝図絵によると、西宗貞の孫・川口次郎大夫から始まったとされ、川口八郎太郎景綱、川口太郎長季、川口兵庫介幸季と続いています。
この川口兵庫介幸季は応永年間(1394年~1427年)に長楽寺の薬師如来像を寄進したとの伝承があります。

子孫は代々、この川口に住んだようで、12代・川口宗幸(かわぐち-むねゆき)は扇谷上杉定正の家臣として、川口一族を率い、1494年の関戸の戦いなどに参戦しましたが、1505年の立河原の戦いでは落馬して死去しました。

天文年間(1532年~1555年)に、小田原城主・北条家のため食禄を失ったようで、13代・川口信季(のぶすえ)は、一族で伊豆の縁故を頼ったと言います。





まず、秋川街道が左折で細い道に入るのは、曲がり切れないので困難であり、追突事故のもとなりますので、どうしても入る場合には北西側から八王子方面に進んで「右折」で入ってください。
小生の場合、車は、川口中学校の方へと川口川を渡ってすぐ右側の路肩(川沿い)に止めさせて頂き、徒歩で向かいました。
下記の地図ポイント地点が川口氏館跡石碑の場所です。
地図は縮尺を変えてご覧下さい。

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(株)TOLEDO、高田哲哉と申します。
20年以上戦国武将などの歴史上の人物を調査している研究家です。
日本全国に出張して城郭も取材させて頂いております。
資格は国内旅行地理検定2級、小型船舶操縦士1級など。

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