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小仏城山 城山の歴史と小仏峠 行き方

小仏城山




小仏城山(こぼとけ-しろやま)は、東京都八王子市と神奈川県相模原市緑区との境にある山城で、標高は670mほどになります。
隣の景信山との間にある小仏峠は、甲州街道の関所が置かれました。
その甲州街道の抑えとして、戦国時代に、武田勢の侵攻を想定し、景信山城と共に小仏城山にて、小田原城の北条勢が警護・守備したものと推測致します。
相模原の戦国時代史跡一覧の完成を目指して、難関の1つである「小仏城山」と「景信山烽火台」をようやく訪問して参りました。
小仏駐車場まで車で行きまして、そこから小仏峠に上がり、小仏城山と景信山烽火台へ行って、降りてくる計画です。
最後の方に、実際の行程と所要時間なども記載しておきます。





小仏駐車場には朝9時30分くらいに到着したのですが、15台ほど止まれるスペースもほぼ満車で、なんとか止めて、UVクリームを塗ります。
小田原北条氏の戦国時代後期、小仏峠には関所が設けられたようで、富士見関所とも呼ばれています。

小仏駐車場付近の滝

この駐車場付近は、修行の滝?もありました。

小仏峠へ

かつては、武田勢の小山田信茂隊が下って、滝山城へと向かった古道、近藤勇土方歳三らが甲陽鎮撫隊として行き帰りと通過した甲州街道、板垣退助ら新政府軍が勇ましく大砲も携えて越えた小仏峠へ向かう道です。
ちなみに江戸時代、小仏峠は甲州街道となり小仏関所が八王子川の甲州街道沿い駒木野に設置され、箱根関所同様重要な役割を果たしています。
関所の営業時間(通過可能時間)は朝6時から夕方6時だったそうです。

小仏峠下の湧水

登っている時は、そんな歴史上でも重要だった登山道だと、考える余裕はありませんでしたが、登り始めてまもなく、上記のような湧水もありました。
かつて行幸のため登った明治天皇も、お飲みになられたのでしょうか?

小仏峠

せっせと登りましたら、小仏峠に到着しました。
ちなみに、写真はクリックすると拡大します。

小仏峠

上記は、小仏峠定番の1枚です。
現在の国道20号が通る、より低い大垂水峠(389m)を超える新しい道路が1883年(明治13年)にできるまで、江戸時代富士詣でに行く江戸町人も小仏峠を越えていました。
小仏峠の歴史はこちらをご覧願います。

小仏峠

峠と言っても、結構広い平地になっています。
かつては売店小屋がありましたら、現在は廃墟となっています。
トレイくらいはあってもいいのではと思うのですけどね。

小仏峠・明治天皇行幸

上記は明治天皇行幸の記念碑です。
当時はまだ中央本線が開通していなかったのですね。

小仏峠から相模湖におりる道

小仏峠から相模湖に降りる道です。
昔は「小佛峠」と書きました。

小仏峠から小仏城山へ

上記は小仏城山へと更に登る登山道です。

相模湖と富士山

小仏峠からちょっと上がったところには売店がありましたが、現在は廃墟です。
しかし、展望は良かったですよ。

小仏峠から小仏城山へ

ハイキングコースは整備されていますので、問題はありませんが、当方にていつも提唱しておりますとおり「トレッキングポール」があると、ケガ防止・疲労軽減になります。

小仏城山へ

まもなく小仏城山に到着します。

小仏城山

小仏峠から尾根伝いに南に700mほど行った峰が城山と呼ばれている小仏城山で、標高は670m、NTTの無線鉄塔があります。
小仏峠(548m)との比高では約122mですので、一応は攻めにくい堅固な砦と言えます。

小仏城山

小仏城山の売店が平日でも開いてました。
なめこ汁、おでん、夏はかき氷などが売られています。
ビールは350mlが400円、ペットボトルは200円でした。
小仏城山トイレもあるのですが、故障して使えない場合もありますので、ご注意を。

小仏城山の郭

小田原北条氏が使っていた小仏城山の頂上は広くて平らな地となっていて、鉄砲20丁、弓30丁を置いて小仏峠を守備したと伝えられています。
小山田信茂が小仏峠を越えてから、武田勢が再び八王子に侵攻するのを防ぐ目的で、北条氏照は狼煙火台の役割以外に小仏峠の監視も強化し、尚且つ八王子城も築城しました。
下記のように、郭のような平地もありましたが、実際に、郭として使用したのかどうかはわかりません。

小仏城山

本丸の下側です。

小仏城山から望む富士山

富士山も望め、また晴れた日には、湘南の海を見ることができるほど展望にも優れています。
相模湖方面も良く見えますし、間山城烽火台も眼下に望めますので、甲州街道の監視には良い場所と言えます。
狼煙火台としては景信山、陣馬山、間山、相模・小松城、津久井城などの連絡中継点であっと思われます。八王子城、滝山城からは、地形上の問題から狼煙火は確認できないとのようです。

小仏城山から望む高尾山

高尾山も見えますね。
写真はではわかりませんが、山の向こうには橋本・相模原も見えます。
小仏城山も多少の兵を置く事があったかも知れませんが、こんなところに兵力配置しても、無意味ですので、基本的には北条家が武田の侵攻を監視した、国境の烽火台と言う具合だと思います。

小仏峠の北側にある「景信山」も、城(砦)として機能していたと言う事ですので、このあと小仏峠に戻って、景信山(景信山烽火台)を目指しました。

小仏峠

上記写真は、ちょっと高い所から見る小仏峠の平地です。

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(株)TOLEDO、高田哲哉と申します。
20年以上戦国武将などの歴史上の人物を調査している研究家です。
日本全国に出張して城郭も取材させて頂いております。
資格は国内旅行地理検定2級、小型船舶操縦士1級など。

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