潮田館(うしおだ-やかた)は、神奈川県横浜市鶴見区汐入町にある平城(屋敷)跡で、現在は光永寺になっています。
別名は、潮田光永館、潮田左馬介光永館です。
新編武蔵国風土記稿によると、駿河・今川氏の庶流である入野光興(入野将監光興)の嫡男・入野光行が、鶴見の潮田に入ったとあります。
これが本当だとすると、入野氏の先祖は、鎌倉時代の御家人・今川国氏となります。
今川国氏の次男・今川常氏の系統は、関口氏を称しており、徳川家康の正室となった築山殿がいます。
3男・今川俊氏は入野氏を称しました。
恐らくは、藤枝市にある駿河・入野城に入ったものと推測されますが、今では新東名で城跡が消滅しているようです。
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戦国時代になり、川崎にやってきた入野光行は、北条氏の庇護を受けて、潮田に屋敷を構えたのでしょう。
そして潮田氏を称し、北条氏康の家臣となりました。
潮田光行(入野光行)は、1568年に没したとあります。
その潮田光行(潮田中務光行)の子・潮田光永(潮田左馬介)は、小机衆の目付役をつとめました。
なお、入野光興の3男・入野三郎助は、出家して純應と言う僧侶になったようで、1576年、潮田光行の嫡子・塩田左馬介光永が招いて「光永寺」を開山しました
この純應和尚は、1595年に亡くなっています。
潮田光永(潮田左馬介光永)も1584年に亡くなったようで、その後の潮田氏・潮田館に関しては、わかりませんでした。
武蔵・潮田館への交通アクセス・行き方ですが、JR鶴見線・弁天橋駅から徒歩10分となります。
なお、鶴見線は昼間のダイヤが20分に1本になりますので、JR鶴見駅・京急鶴見駅から歩いて20分と言う方法も良いかと存じます。
このあとは、武蔵・寺尾城に向かいました。
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