滋賀県

五番領城 高島七頭と山崎左馬介

五番領城

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五番領城(ごばんりょう-じょう)は、滋賀県高島市安曇川町五番領にある平城です。
現在、五番領天満宮と信広寺がある付近が城跡になります。
最初の築城は1369年で、領主の山崎兵庫頭が築いたと伝わります。
通常、高島の各領主は、近江・佐々木氏の流れになる高島氏の一族なのですが、この山崎氏は高島七頭の一人でも、佐々木愛智流の一族との事です。
愛智氏と申しますと、愛智家行などがいますが、関係があるのかまではわかりませんでした。


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山崎左馬介が五番領城主のとき、恐らくは1572年だと思いますが、織田信長の軍勢の攻撃を受けて敗北しました。
落城した際に、惣社神社の社殿も焼けたとあります。

五番領城

山崎氏の子孫は帰農し、中村と称したようです。
城跡とされる部分には、現在も中村家がありますが、民有地ですので、立入りなどは自粛しています。

高島七頭

ここで、高島七頭に関して少し解説してみたいと存じます。
高島七頭(たかしま-しちとう、しちがしら)は、鎌倉時代の1235年に、高島郡田中郷の地頭になった佐々木高信を祖として、その子孫が高島の各地に散ってそれぞれ分家を起こしたことから始まります。
別名として、西佐々木七人、

近江・清水山城の宗家・高島家を中心に、平井氏(能登氏)、朽木氏、永田氏、横山氏、田中氏、山崎氏と輩出しましたが、前述のとおり、山崎氏だけは唯一、佐々木高信を祖としない一族で、愛智氏系とされます。
戦国時代の頃、高島氏の一族は、観音寺城の六角氏に従いましたが、朽木城の朽木氏だけは独立勢力の様相があり、宗家・高島家を上回る勢いになっていました。

五番領城への交通アクセスですが、場所を当方のオリジナル地図にてポイントしておきます。

このあとは、近江・清水山城に行きました。

五番領城~高島七頭・山崎氏(愛智氏系)の城~
近江・田中城 田中吉政のふるさと?
大溝城 琵琶湖の名城も今はこの姿
近江・清水山城 高島七頭宗家の本拠地
日本全国のお城地図(オリジナルマップ)


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城迷人たかだ

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(株)TOLEDO、高田哲哉と申します。
20年以上戦国武将などの歴史上の人物を調査している研究家です。
日本全国に出張して城郭も取材させて頂いております。
資格は国内旅行地理検定2級、小型船舶操縦士1級など。

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