岩手県

狐崎城 狐崎館の戦い

釜石・狐崎城

釜石・狐崎城(きつねざきじょう)は、岩手県釜石市浜町にある山城で、標高は120mあります。
釜石湾に突き出た丘陵上にあり、眼下には釜石湾を望む海城で、狐崎館とも書きます。
本丸・二の丸が残る大手口は釜石湾に面した断崖の下で、搦手は釜石小学校近くの荒屋敷となります。

最初の築城は不明ですが、大槌城の大槌氏家臣である狐崎玄蕃が、戦国時代の1483年~1502年頃に城主となった模様です。
その狐崎玄蕃は、遠野の附馬牛(火渡館か?)へ移ったと伝わり、別名を荒谷玄蕃ともされますが、荒谷玄蕃はその後の城主である可能性もあり、関連も含めて詳細不明です。





釜石・狐崎館の西側山麓は荒谷屋敷と呼ばれていたともあり、遠野の附馬牛町にも荒屋の地名があります。
なお、石巻にも狐崎城があるため、混同しないよう注意が必要です。

1590年の小田原攻めの際には、奥州仕置にて没落したのでしょう。
1600年、関ヶ原の戦いのあとに、陸奥・岩崎城では岩崎の乱が発生していますが、1601年、荒谷肥後守も頑張って反乱「釜石一揆」(狐崎一揆)を起こします。

荒谷肥後は、葛西氏の浪人である鹿折信濃など、金掘集を集めて、狐崎城に籠城しました。
この頃、釜石は南部家の領地でしたが、野心を抱いていた伊達政宗は、家臣で二日市館主の中島信真(中島大蔵信真)らを狐崎城に送って鎮圧しています。
狐崎館の戦いで、籠城していた161人は、城の東にある首切沢で処刑されました。
逃れた葛西六郎らも鵜住居水海で殺害されたようで、葛西塚と言う墓碑7基があるそうです。
遺体からは鼻削いて、塩漬けの樽に入れると江戸城徳川家康のもとに送られたと伝わります。

ただ、この伊達勢の侵入は、南部領への侵攻です。
そのため、南部勢は黙っておらず、北十左衛門、赤前四郎兵衛、桜庭安房にの精鋭部隊を遠野へ着陣させました。
そして、釜石・狐崎館へ兵を向けると、伊達勢は戦わずして狐崎館を放棄して気仙郡へ撤退したとされます。

その後、南部家から菊池勅宣が狐崎館に入ったとされます。

釜石・狐崎城

余談ですが、江戸時代の中期、1727年に盛岡藩の阿部友之進が釜石の西側にある陸中大橋駅の近くで磁鉄鉱を発見しました。
しかし、盛岡藩は採掘せず、1857年になって水戸藩の要請で反射炉の操業に成功した大島高任が、南部藩の承諾を得て釜石に洋式高炉を築造し、釜石の鉄鉱石を使用しました。
これが、日本で始めて鉄鋼の製造と言う事で、釜石が鉄の街になった由来です。
明治に入ると鉄鉱石輸送のため、鉄道も日本で3番目に開業しました。

狐崎城への交通アクセスですが、JR釜石線・三陸鉄道リアス線の釜石駅からタクシーで約5分となります。





さて、2011年、東日本大震災の際に、釜石には約9.3mの津波が押し寄せました。
釜石市の沖合20キロに設置していた波浪計では、約6時間の間に、合計7回の津波があったデータを示しています。
釜石の土地は約55cm沈下しました。
釜石市の死者・行方不明者は約1230名です。
狐崎城跡は津波避難場所にもなっています。

釜石では、停電で気象庁からの正確な連絡が途絶えて、地震発生後に発表された予想津波高さ「岩手県は3m以上」のまま、津波への警戒を呼び掛けていたと言います。
しかし、総工費1200億円で2008年に完成したばかりの釜石港湾口防波堤(5.6m対応)も決壊し、実際には9mを越える津波が押し寄せました。
※ただし、13m相当の津波を防波堤によって、9mまで軽減したと考えられており、釜石駅付近までの浸水になっています。
大きな揺れを感じたり、避難警報が発表されたら、とにかく、自分のことだけ考えて、すぐ高いところへ避難しましょう。
津波警報が解除されるまでは、海が静かになっても、戻らないようにしましょう。





改めまして、犠牲になられた皆様のご冥福をお祈り申し上げます。
また、釜石の街が以前よりも賑わように復興することを節に願いたいと存じます。
今後も東北へのご寄付と、訪問することでの復興支援を、甚だ微力ではありますが、続けられるよう努力する所存です。

陸奥・岩崎城 和賀・稗貫一揆や岩崎一揆の舞台
大槌城 三陸海岸屈指の規模を誇る山城
火渡館 火渡の石碑群と火渡館の戦い

 

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中級者向け
旧国名
陸奥
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釜石の城跡です。




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