和歌山県

紀伊・周参見城 安宅氏と血縁関係で生き延びた周参見氏

紀伊・周参見城

紀伊・周参見城(すさみ-じょう)は、和歌山県すさみ町周参見にある標高70mほどの山城で、周参見駅の東にそびえたつ急峻な岩山です。
最初の築城は不明ですいが、周参見氏(須佐見氏)の本拠地です。

周参見氏は藤原秀郷ほ先祖に持ち、応永8年(1401年)に周参見庄に土着して、もっと山の中にある紀伊・藤原城を築いたのが始まりとされます。

南北朝時代には、淡路・由良城主である安宅頼藤の弟(名前不詳)が周参見氏の名跡を継ぎました。
このように、何度か安宅氏から養子を迎えていたようです。





戦国時代の城主としては周参見氏安(周参見左衛門太夫藤原氏安)、周参見氏長がいますが、周参見氏長は1562年の教興寺の戦いにて湯川衆として出陣しております。
紀伊・亀山城主の湯川直光・目良高湛・野辺光房・玉置直和・貴志光宗・龍神正房・山本忠朝・安宅光定・周参見氏長・小山隆光らが畠山勢にて戦いました。

支城とも言える紀伊・神田城(すさみ町)は、織田信長に敗れた宇都宮道直が、1569年に周参見城主の周参見氏長(周参見主馬太夫)を頼ると、与えられた城となります。

天正13年(1585年)羽柴秀吉の紀州攻めで、周参見城主・周参見主馬太夫は降伏して1700石を安堵されています。

紀伊・周参見城

その後、豊臣勢の水軍衆として朝鮮攻めにも参加しました。
1600年、関ケ原の戦いでは石田三成に加担したため周参見主馬太夫氏長は捉えられて京で牢獄に繋がれています。
その後、1602年に没しました。





弟・周参見安親は、豊臣秀頼の要請に応じて大坂城に入り大坂の陣で戦いましたが敗れると、周参見に戻って帰農したとされます。

周参見浦の湾には出城になっていたと言う稲積島、また周参見中山城も支城となります。

紀伊・周参見城

また、周参見城よりもっと山側には、紀伊・藤原城があるのですが、これも支城なのでしょうか?

麓の萬福寺の裏山にある墓地から山頂の秋葉神社へ登る参道があります。
石垣などの遺構があるようですが、城址は落石の危険があり、立入禁止とも事前情報がありましたので、登城は控えさせて頂きました。

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攻略難易度
上級者向け
旧国名
紀伊
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落石危険で登城不可との情報あり。




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