山梨県

甲斐・勝山城 油川信恵と油川夫人

甲斐・勝山城

甲斐・勝山城(かつやま-じょう)は、山梨県甲府市上曾根にある平山城で、標高は271m、比高30mとなります。
笛吹川左岸の「勝山」と呼ばれる小丘上にあり、近くには高速道路の中央自動車道が通っています。

なお、大変ややっこしいのですが、甲斐国には勝山城と名の付く城跡が他にもあります。
戦国時代に小山田氏の本拠地であった郡内の勝山城がそうです。
また、勝沼にある勝沼氏館跡とも混同しやすいので、注意が必要です。





甲府市にある曽根・勝山城は、戦国時代に武田一族である油川氏の本拠地でした。
甲斐・勝山城主としては、油川信恵(あぶらかわ-のぶよし)がいます。
甲斐武田氏第16代当主・武田信昌の子に当たり、武田信縄とは兄弟と考えられます。
甲斐・勝山城から北のほうにあるのが山梨郡油川ですので、油川を知行して油川信恵と称したのでしょう。
油川信恵は、武田宗家の家督争いで、兄の武田信縄と対立すようになり、父と共に北条早雲を味方にしています。
1492年頃には、市川の戦いなど、文献により抗争が繰り広げられていたことが判明しています。
兄・武田信縄は1507年に亡くなり、1508年には油川信恵は死去したことから、争いは収まるかと思いましたが、その後も続いたようです。
しかし、武田宗家の家督を継いだ、川田館主・若き武田信虎は、戦上手であったことから、勝山城の戦い(坊ヶ峰の戦い)にて、油川弥九郎・油川清九郎・油川珍宝丸、岩手縄美、栗原昌種らが討死し、甲斐はほぼ統一されました。
坊峰合戦となった坊ヶ峯と言う場所は、甲斐・勝山城から東側、高速の反対側にあり、現在、NHK鉄塔などがある高台ですので、甲斐・勝山城では防御に不安があったのかも知れません。
ただし、坊ヶ峰の戦いは、勝山城で敗退したあと、反撃に出た郡内の小山田弥太郎(小山田信隆)が討死した場所のため、油川氏じたいは、勝山城で戦った可能性も否定できません。

その後、1515年に、甲斐・上野城(甲斐・椿城)主で、甲斐・富田城主でもあった大井信達今川氏親の援助を受けて反乱を起こすと、今川勢2000が甲斐・勝山城を一時占領した模様です。
ただし、そのあとすぐに、武田信虎は甲斐・富田城を攻めて、大井氏を降伏させ、大井の方が武田信虎の正室として嫁ぎました。
※甲斐・富田城は場所がわかっておらず、幻の城となっています。

1521年に、今川家の福島正成が甲斐に侵攻した際に飯田河原の戦いで敗れると「敵駿河州、勝山へ移る」とありますので、福島勢が甲斐・勝山城に入った可能性があります。

甲斐・勝山城

なお、油川氏と言えば、武田信玄の側室となった油川夫人がいます。
油川夫人(あぶらかわ-ふじん)は、1528年生まれとされますが、父は不詳です。
武田家滅亡時に、徳川家康の家臣になった油川氏として油川信守(あぶらかわ-のぶもり)がいます。
江戸時代後期に編纂された甲斐国志では、油川信恵の子が油川信守で、武田晴信の側室になった油川夫人は娘としていますが、信憑性においては確証は無いようです。
いずれにせよ、油川夫人は、1557年に仁科盛信、そして、葛山信貞松姫菊姫らを産みましたが、1571年に死去しました。
なお、油川夫人の名前ですが、井上靖の小説・風林火山では於琴姫(おことひめ)とあり、NHK大河ドラマの風林火山でも「おごとひめ」とされました。

なお、油川信恵の子とされる油川信友(油川加賀守信友)が、武田信虎に仕えていました。
1514年に、油川の地に、油川信恵の菩提を弔うため、館跡に泉龍寺を建立したとされますので、油川信恵の子であり、家督相続を許されたと考えてよいでしょう。
しかし、1550年、村上義清との砥石城の戦いにて討死しました。
油川信友の子とされる油川信連(油川彦三郎)も、1561年、第4次・川中島の戦いにて討死しており、家督は油川信次が継ぎました。
しかし、油川信次も、1575年、長篠の戦にて討死し、その子としては、上記で登場したとおり、徳川家に38貫で仕えた油川信貞がいます。
この時、甲斐・勝山城は、北条勢に対抗するため、徳川家の服部正成(服部半蔵)ら伊賀衆が守備し、城の改修も行ったようです。

甲斐・勝山城

油川信貞は、関ケ原の戦いにも徳川家の旗本として参陣し、大坂の陣では伏見城の城番を務めました。
そして、武蔵国都筑郡、上総国埴生郡、武射郡にて350石と加増を受けています。
子の油川信忠は、1626年に13歳で家督を相続し、大番を務めました。
そして、下総香取郡に200石の加増を受けで合計550石になっています。





甲斐・勝山城は、長らく所在不明でしたが、1983年(昭和53年)に農道を整備した際に、土塁や空堀の遺構が発見され、ここだと確定しました。
なお、甲斐・勝沼城がある場所の周辺道路は、古い町並みでもあり、道路が狭いです。
クルマで訪問される場合には、駐車場もないため、高速脇あたりの広い道路に止めるしか無さそうですが、城址は藪になっている模様です。
今回は、予定外の訪問だったため、遠景撮影に留めました。
念のため、当方のオリジナル地図にて、甲斐・勝山城がある場所をポイントしておきます。

武田信虎の栄光と挫折の生涯とその人物像
甲斐・椿城(甲斐・上野城) 大井信達と大井の方の里
日本全国のお城がある場所地図

 

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