花輪館(はなわたて)は、秋田県鹿角市花輪町にある標高180mの丘城で、比高は40mとなり、陸奥・花輪城、臥牛本館とも書きます。
最初の築城年代は不明ですが、鎌倉時代に安保氏が臥牛本館に入り、花輪次郎と称したのが始まりのようです。
丘に御館・北館・南館をそれぞれ築いた連郭館で、永禄年間(1558年~1570年)には、花輪親行(花輪伯耆守親行)が、檜山城の安東愛季に味方して南部家の長牛館を攻めています。
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花輪延親(花輪帯刀延親)が、九戸の円子村に200石で移ると円子氏を称しました。
1590年には南部信直の命により、大光寺正親が花輪城主になりました。
以後、南部藩の重臣が城代として入っており、江戸時代の1657年には、毛馬内九左衛門が古館に入り、1674年には、中野吉兵絵が樋口館(要害屋敷)に入っています。
花輪小学校がある郭が二の丸になります。
下記は北の麓にある旧鹿角郡公会堂になり、その背後にある丘が花輪城と言う事になります。
交通アクセス出須賀、JR花輪線・鹿角花輪駅より徒歩10分です。
東北道・鹿角八幡平ICからですと、国道282号線経由で約3㎞になりますが、鹿角花輪の街は、道路も狭く、陸奥・花輪館のあたりは一方通行になっています。
陸奥・花輪館へ道を上がって行きましたが、なにやら民家のようなところに出そうでしたので、途中で、なんとか切り返しで戻りました。
駐車場を利用する場合には、少し離れますが、旧鹿角郡公会堂の駐車場か、桜山公園駐車場が利用できるそうです。
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事故に注意
このあと、石鳥谷館へ向かいましたが、国道282号を南下していましたら、コメリ鹿角花輪店さんの駐車場から国道に出てきた、ご高齢女性の車とぶつかりそうになりました。
当方は、たまたま速度35km/h程度と、制限速度より低い速度であり、前方に割り込んできたクルマに、素早く気がついたからよかったです・・。
当方がクラクションを鳴らして急停車(完全停止)致しましたら、その車は、国道に出たところバックで戻ってくれました。(^-^)
日本全国、良く出張しておりますが、久しぶりに危ないところでした。
幹線道路に出るときには、必ず、左右を確認して頂けますよう、お願い申し上げます。
・檜山城 広大な檜山安東氏城館跡 紅葉の様子も
・安東愛季 安東氏を大きく飛躍させた戦国大名
・南部信直~生き残るための戦略~
・陸奥・大湯館(大湯館城) 秋田の大湯温泉にある城跡
・石鳥谷館 南部氏一門が治めた鹿角の石鳥谷集落
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