埼玉県

越畑城 関越道で多くが失われた庄秀政の居城

越畑城

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越畑城(おっぱた-じょう)は、埼玉県比企郡嵐山町越畑にある平山城です。
1438年頃に、児玉党の庄秀俊が築いたとされます。
庄秀俊(荘秀俊)は関東管領・上杉憲実に従っており、永享の乱の際に、分倍河原の戦いにて戦功をあげて領地を賜りました。
尾根が繋がっている武蔵・杉山城には、子の庄秀政(荘秀政)が支城として入ったとあります。


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戦国時代になると北条家に従っていた越畑城主は庄行秀で、1590年、豊臣秀吉小田原攻めの際には、小田原城に詰めてようです。
越畑城は曲輪が3つあり、堀でくぎられていたようですが、関越道が分断し三の丸が失われたようで、本丸の一部と、二の丸の一部のみが残っています。
「越畑城趾之碑」の石碑は、関越道の東京方面(北側)の脇に移転されているそうですが、ちょっと離れていてわかりにくいので、当方のオリジナル地図でも示しておきます。
駐車スペースからは、高速の上に掛かっているの陸橋(愛宕橋)を渡って登城する形になります。

交通アクセスですが、東武東上線・JR八高線の「小川町駅」からバスで、パークヒル・バス停下車の徒歩25分となります。
駐車スペースは、当方のオリジナル関東地図でも印しておきます。

武蔵・菅谷城(菅谷館) 土塁や掘がよく残っている歴史ある館跡
武蔵・杉山城 関東では素晴らしい遺構の山城


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城迷人たかだ

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高田哲哉と申します。
20年以上戦国武将などの歴史上の人物を調査している研究家です。
日本全国に出張して城郭も取材させて頂いております。
資格は国内旅行地理検定2級、小型船舶操縦士1級など。

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